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愛国金沢(金沢)飛行場跡地 [├空港]

  2010年7月 訪問 

無題9.png
1946年11月当時の写真(USA M323-A-6 7) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)
(埋立てが進み、当時とは大分地形が変化しています)


石川県の「愛国金沢(金沢)飛行場」跡地。

2017/4/1追記:「航空路資料第4 中部地方飛行場及不時着陸場 昭和19.6 水路部」から作図追加、記事修正しました。

1939年、大坂―金沢―富山―長野―東京 という形で定期便の運航が始まりました。

金沢~東京を3時間30分で結んだのだそうです。

しかし戦時体制で民間定期便はほとんど利用されず、飛行場はグライダー練習、遊覧飛行に使われ、

戦後は農地として払い下げられました。

当飛行場について扱うサイト様(下記リンク参照)によりますと、

建設費を主に出費したのが前田家であったこと、建設の背景に既に1934年に富山に飛行場ができたこと
(今の富山空港とは違うもの)への金沢の政財界の対抗意識があったらしいこと、
飛行場の場所は河北潟南端の東蚊爪、いま免許センターがある付近であったこと、
1938年に開業してから大坂―金沢―富山―長野―東京という定期便が組まれたものの、
ほとんど飛行機が飛んでいなかったらしいこと、などが注目される。
なお、定期便が飛ばなくなった後のこの飛行場は、グライダーなどの練習用途に使われたらしいが、
敗戦後の1946年に閉鎖された。軟弱地盤だったことを理由にあげる説もある(以上、配付資料参照)。
と記されていました。

2014/8/30追記:アギラさんから情報頂きました。 「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)の中にある「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、当飛行場が金澤高等工業學校航空研究會に使用されていたと出ています。アギラさんありがとうございましたm(_ _)m

D20_0059.jpg

石川県警ヘリポート。

D20_0068.jpg

跡地の南南西にある「飛行橋」。

D20_0070.jpg

中日新聞によりますと、市中心部と飛行場をほぼ直線で結ぶことを目的として整備された道路は年配者から今でも「飛行道路」と呼ばれていて、

大宮川に架かるこの橋は「飛行橋」と言い、欄干にプロペラ形の飾りがついています。

老朽化のため平成10年7月に架け替えられたのですが、この飾りは地元の強い要望で引き継がれたのだそうです。

かつてここに飛行場があったことを示す名残です。


      石川県・金沢飛行場跡地      

金沢飛行場 データ

設置管理者:旧陸軍
所在地:石川県‎金沢市‎湊‎1丁目‎
座 標:N36°38′31″E136°39′42″
面 積:40ha
滑走路:四の字に三本
着陸帯:700m×620m不定形
*座標はグーグルアースにて算出

沿 革
1936年 建設計画
1938年 金沢蚊ヶ爪に建設着工
1939年 07月15日 大日本航空、東京への定期便開始
1946年 閉鎖

関連サイト: 
第13回 公共交通と地域経済;小松飛行場その他  


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コメント 9

鹿児島のこういち

愛國って名前が付くってことは、地域のみなさんがお金を出し合って造った飛行場なのかしら?
戦時下なのに遊覧飛行ってのどかですねf^_^;
写真拡大していくと、携帯でもわかります!はっきりと海のそばに四角い空港!そして街から真っすぐ延びた道!写真の左側、上の方ですよね(^O^)違ってたらゴメンねぇ~f^_^;
by 鹿児島のこういち (2011-04-17 16:30) 

masa

飛行場の名前が橋や道路に残っていたりして
良き思い出となっているんですね。
by masa (2011-04-17 19:39) 

takechan

飛行場の大切さを、今回の震災で改めて知りました。
頑張れJAL、頑張れANA!頑張れ東日本!
by takechan (2011-04-17 22:29) 

tooshiba

今度は石川県ですか?
獅子奮迅ならぬ八面六臂の活躍ですね。
(八面六臂とは、「多方面で、めざましい活躍をすること。また、一人で何人分もの活躍をすること。」という意味とのことなので~goo辞書より~、兄さんに相応しいよね?と思います。)
全国どちらに行かれるにしても、ご無事に取材なさって下さい。m(_ _)m
by tooshiba (2011-04-17 23:55) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■鹿児島のこういちさん
>地域のみなさんが
資料で確認できなかったのですが、「愛国」ですからそういうことだと思います。
今でも橋に名残を残そうとすることもその表れかもしれないですね。
>左側、上の方
ビンゴです^^

■masaさん
多分そういうことなのだと思います。
良き思い出ばかりの飛行場ばかりだとよいのですが。。。

■takechanさん
仰る通りと思います。
新潟地震の時にも実証されましたが、ヒコーキの利点は点と点が健在であれば、極めてフレキシブルな運航が可能なことですからね。
仙台空港、津波被害は大変でしたが、もしも津波の時間帯が数時間前後にずれていたら、
旅客機もたくさん被害に遭っていたのではないかと思いました。

■tooshibaさん
どうもありがとうございます。
単に中部地方を回っただけなんですけどね^^;
by とり (2011-04-18 06:28) 

an-kazu

計画通りに利用されない施設・・・今も昔も多いんですね(^^);
by an-kazu (2011-04-19 22:26) 

とり

■an-kazuさん
本当ですね^^;
by とり (2011-04-20 06:28) 

コスト

一部がヘリポートとして残ってたり、「飛行橋」の欄干にプロペラ形の飾りとか
ちゃんと名残があるもんなんですねー
でも、地元の若い人知ってるでしょうか?^^;
by コスト (2011-04-21 20:21) 

とり

■コストさん
>地元の若い人
どうなんでしょうか。
知るのは地元の年配者のみ。というのはよくあるパターンですが。。。
by とり (2011-04-22 07:48) 

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