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第二鈴鹿海軍航空基地跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

無題.png

使い回しの地図で恐縮ですが、今回は上の滑走路の話です。

第一飛行場の北側に作られた「第二鈴鹿海軍航空基地」。

現在は富士電機の敷地になっています。

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 横須賀鎮守府所管航空基地現状表(昭和二十年八月調)」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:第二鈴鹿 建設年:1942 飛行場長x幅 米:1500x800ノ内1500x60アスファルト 主要機隊数:小型1.0 中型2.0 主任務:作戦 隧道竝ニ地下施設:居2.500平米 指揮所、電信所、燃料庫、爆弾庫、w兵4.360平米 倉庫、工業場 掩体:大型無蓋10 中型無蓋32

D20_0017.jpg

・B地点。

この道路に沿って左側に滑走路が伸びていたはずです。

 

第二鈴鹿海軍航空基地:map   


      三重県・第二鈴鹿海軍航空基地跡      

第二鈴鹿海軍航空基地 データ

設置管理者:旧海軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:三重県‎鈴鹿市‎南玉垣町‎
座 標:N34°51′40″E136°34′44″
滑走路:750m×30m
磁方位:11/29
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

関連サイト:
国土地理院 1947年11月当時の写真(USA R470 93) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   

B787、日本初飛来決定! [├雑談]

注:これはUSO記事ではありません!

 

えー、すっかりオオカミ中年ブログですのでオイラがこんなタイトルつけると、怪しさ満載で非常に如何わしいのですが、

5月26日のボーイングニュースリリースによりますと、

787を実際に日本に持ってきて、ANAとボーイングによる就航に向けた検証プログラムを実施するのだそうです。

もう3日前のニュースなのでご存じの方は既にご存じですよね。

ボーイングのニュースリリースはほぼ毎日チェックしているんですが、

今回はいろいろタイミング悪くてアップが遅れてしまいました ><

 

この検証プログラムは2011年7月4日(月)から8日(金)にかけて行われ、

羽田空港と伊丹空港・関西空港・岡山空港・広島空港を結ぶ路線にて実飛行も予定しています。

この取り組みは、ローンチカスタマーであるANAだけが、ボーイングと共同で実施できるものであり、

円滑な就航に向けた大きな前進となります。

ANAは、世界で最初の787を2011年の8月~9月に受領する予定です。

この夏、世界で初めてANAに納入されるボーイング787に、どうぞご期待下さい。

 

だそうです。 実飛行に合わせて各空港に大挙して押し掛けるマ●ア様の姿が目に浮かびます ^^;

また、実施する検証プログラムの一例としましては、

「給油作業、格納庫内のスタンドや空港のゲートとのフィットチェック、トーイング等の作業」を行うのだそうです。

いや~、いよいよですね~。

「羽田空港と伊丹空港・関西空港・岡山空港・広島空港を結ぶ路線にて実飛行も予定」

とのことですから、787はまずこれらの路線に投入されるということなんでしょうか。

去年3月の記事→ で、「787が最初に就航するのはどの路線か、みんなで予想しよう!」

と呼びかけたところ、たくさんの方から予想を頂きました。

今回のニュースリリースを受けてチェンジも受け付けておりますので^^

 

それから当ブログでは787開発をずっと追いかけてきたのですが、

前回の787関連記事は、今年の1月21日にアップしたもの→ でした。

前回の記事以降の787関連の動きについて簡単にまとめておきます。

 

2011年2月24日
 フライトテスト、1,000回達成。テストはここまで順調に推移しており、 フライト時間は約3,000時間、航行距離の合計は100万マイル以上に達した。型式証明に必要なフライトテストに関しては、ロールスロイス製エンジン搭載機で約80%、GE製エンジン搭載機では60%以上完了している。

2011年3月7日
 チェンジ・インコーポレーション開始。【チェンジ・インコーポレーション】:これまでのテスト等で発見された、改修が必要とされる箇所を他の機体にも施す作業のこと。

2011年4月18日
 世界レベルで787パイロットトレーニング開始へ。現在ボーイングは、シアトル、シンガポール、東京ロンドン、上海の5か所にトレーニング施設を運用している。

2011年4月26日
 ANAパイロット向けのトレーニングを開始。ANAの10名のパイロットは、4月初旬から東京でのトレーニングを開始し、4月23日からはシアトルでフライトシミュレーターを使用したトレーニングに移行。5~20日間の受講により787型機の操縦資格への移行が可能。787と共通性の高い777パイロットは、最短で5日間のトレーニングで787型機の操縦資格を取得可能。

 

 

これまでの度重なる遅延により、ネットでは、

「もう787は飛べないんじゃないか」というものも含めて楽観論、悲観論、いろいろ飛び交ってました。

しかしやっとこの段階まできたのですね。

初飛来、デリバリー、そして初就航が楽しみです^^


第一鈴鹿海軍航空基地跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

無題.png

三重県‎鈴鹿市にあった「第一鈴鹿海軍航空基地」(と第二鈴鹿海軍航空基地)。

現在は県道41号線になっています。

その名の通り、こちらが先に設置されました。

主な任務は通信偵察飛行の教育・訓練及び整備された飛行機の試験飛行でした。

末期には実戦基地としての運用もしたのだそうです。

両方の滑走路の間にも補給工場、整備工場があり、更に西側にも海軍、陸軍の施設がたくさんあり、

まさに軍事の一大拠点、「軍都・鈴鹿」でした。 

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 横須賀鎮守府所管航空基地現状表(昭和二十年八月調)」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:第一鈴鹿 建設年:1939 飛行場長x幅 米:1,000x1,000芝張 主要機隊数:小型10.0 主任務:偵察教育 隧道竝ニ地下施設:居7.500平米 指揮所、電信所、燃料庫、爆弾庫、倉庫、工業場 掩体:中型無蓋28 小型無蓋31

D20_0012.jpg

・A地点。

 

第一鈴鹿海軍航空基地:map   


      三重県・第一鈴鹿海軍航空基地跡地      

第一鈴鹿海軍航空基地 データ

設置管理者:旧海軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:三重県‎鈴鹿市‎中旭が丘‎3丁目‎
座 標:N34°50′43″E136°34′37″
滑走路:900m×30m
磁方位:13/31
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1938年10月 鈴鹿海軍航空隊開隊

関連サイト:
鈴鹿市の旧軍施設位置図    
国土地理院 1947年11月当時の写真(USA R470 93) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   


北伊勢(亀山)飛行場跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

無題.png

前記事の追分飛行場の南側にあった三重県‎亀山市の「北伊勢(亀山)飛行場」。

1947年の航空写真を参考に作図しました。おおよそこんな形ではないかと。

亀山JCTのすぐ東側で、跡地は現在古川電気と畑になっています。

 

D20_0010.jpg

・A地点。

 

D20_0006.jpg

・B地点。

有蓋掩体壕が残っています。

グーグルでその形をハッキリ確認することができます。

通常、掩体壕は大きな開口部の反対側はすぼまっているはずなのですが、

この掩体壕はちょっと変わっていて、長方形と台形からなっています。

そしてこの掩体壕、なんと「旧北伊勢陸軍飛行場掩体」として国指定文化財に指定されています。

 

北伊勢(亀山)飛行場:map   


      三重県・北伊勢(亀山)飛行場跡地      

北伊勢(亀山)飛行場 データ

設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:三重県‎亀山市‎能褒野町‎
座 標:N34°53′44″E136°29′25″
着陸帯:1550m×1,600m
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1941年04月 開設

関連サイト:
国指定文化財等データベース   
国土地理院 1947年11月当時の写真(USA R470 57) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   


追分飛行場跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

無題.png

三重県‎鈴鹿ICすぐ北側にあった「追分飛行場」。

1947年の航空写真を参考に作図しましたが滑走路端がはっきりしません。

実際の滑走路はもう少し長かったかもしれません(特に南北方向が)。

周辺には鈴鹿サーキットの案内標識がたくさんありました。

 

D20_0003.jpg

・A地点。

周囲は山に囲まれたのどかな場所でした。

 

追分飛行場:map  


      三重県・追分飛行場跡地      

追分飛行場 データ

設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:三重県‎鈴鹿市‎追分町‎
座 標:N34°56′20″E136°29′35″
滑走路:2,000m×120m(10/28),1,800m×120m(02/20)?
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1943年 着工
1945年 未完成のまま終戦

関連サイト:
国土地理院 1947年9月当時の写真(USA M491 7) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   


菰野(竹永)秘匿飛行場跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

無題.png

三重県‎の菰野町‎。

一面の畑の中にダイワの大きな工場があります。

ここに旧陸軍の菰野(竹永)秘匿飛行場がありました。

中京圏の防空強化のための特攻用飛行場です。

1945年8月完成で、使用前に終戦を迎えました。

 

D20_0001.jpg

・A地点。この少し先から奥に向かって滑走路が伸びていたはず。

 

菰野(竹永)秘匿飛行場:map   


      滋賀県・菰野(竹永)秘匿飛行場跡地     
特攻指揮所用防空壕が残存しています

菰野(竹永)秘匿飛行場 データ
設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:三重県‎三重郡‎菰野町‎竹成‎
座 標:N35°02′31″E136°31′26″
滑走路:1,500m
磁方位:16/34
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1945年3月 着工(昭和19年6月2日建設という資料あり)
     8月 完成、使用前に終戦

関連サイト:
広報こもの/永井前野の飛行場跡   
国土地理院 1948年4月当時の写真(USA R1253 74) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   


京都飛行場跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

2013/7/17追記:じょんさんに飛行場の形を図示して頂きました。詳しくは下記じょんさんのコメント欄をご覧ください。じょんさんありがとうございましたm(_ _)m

 

前記事の大久保飛行場のすぐ西側にあった「京都飛行場」。

公園内に碑が整備されています。

 

D20_0073.jpg

久御山中央公園にある記念碑。

記念碑 逓信省航空局 京都航空機乗員養成所 と彫られています。

右隣の黒い石版(全文) 昭和十七年四月 この洛南の地に飛行場が建設され 民間航空の要員養成を目的とした逓信省航空局 京都航空機乗員養成所が開設された 同十九年八月 激動する時代の余波を受け閉鎖となるまでの間 四百余名の若人が大空を翔ける日を夢見て 厳しい訓練に耐え巣立って行った 経刻三十有余年 こゝに生ある者が基金を寄せあい 殉職された先輩ならびに戦争の犠牲となって大空に散華した数多くの教官職員同期の霊を慰めると共に 我らの青春の証としてこの地に歴史をとゞめるため こゝに碑を建立するものである 昭和五十三年四月 京都航空機乗員養成所 関係者一同

石版の裏には、「平成十五年十一月久御山町のご厚志によりこの地に移転す」の文字が。

 

京都飛行場:map  


      京都府・京都飛行場跡地      

京都飛行場 データ

設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:京都府‎久世郡‎久御山町‎田井‎新荒見‎他
座 標:N34°53′03″E135°44′44″
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1942年04月 逓信省航空局 京都航空機乗員養成所開設
1945年07月 爆撃を受ける
           戦後接収を経て返還

関連サイト:
国土地理院 1946年6月当時の写真(USA M157-A-6 9) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   


A:どの位燃やされる? [├雑談]

(すっかり忘れておられたかもしれませんが)先日こんなクイズを出させて頂きました。

 

JAL,ANAの777でも使用されている代表的なターボファンエンジン・PW4090の場合、

ファンから吸い込まれた空気のうち、

圧縮機に送られるのは全体の何パーセントでしょうか?

 

 A:14%  B:28%  C:61%

 

 

こちら→ を見て頂きますと、このエンジンのバイパス比は"6.1"と出ています。

「バイパス比」とは、ファンから吸い込んだ空気のうち、

圧縮機、燃焼室をバイパスする空気と、圧縮機に入り、燃焼室を経てタービンから噴出するガスの重量比のことで、

バイパス比=ファンから噴出する空気の重さ÷タービンから噴出するガスの重さ

という式で出します。

ファンから吸い込まれた空気を100とすると、圧縮機に送られるのは14ということになります。

ということで、正解は A:14%  でした。

 

初期のジェットエンジンにはファンが付いておらず、かなり細い外見をしていました。

その後ファンが付くようになったのですが、大量の空気をゆっくり噴出することで効率が飛躍的に高まりました。

また、燃焼ガスを大量の空気で包み込むように噴出するため、騒音の低減効果もあります。

そのため「バイパス比」は、低燃費、エコなエンジンであることを示す指標の一つになっており、

このタイプのエンジンにとっては欠かすことのできないスペックで、

「今度のエンジン、バイパス比はいくつ?」なんて尋ねると、とてもそれっぽいです。(o ̄∇ ̄o)

 

PW4090の場合、前方から取り込まれた空気のうち、圧縮機に送られるのはたった14%であり、

残りの86%はそのまま推力として後方に噴出しているわけで、

エンジン全体の推力でも大部分はファンで発生させていることになります。

「今のジェット旅客機はほとんどプロペラ機みたいなものだ」

と言われる所以ですね。

 

ところでこちら→ には、

「圧縮された空気はすべて燃焼に使用されるのではない。

その大部分は燃焼室の冷却、燃焼ガスそのものの温度を下げることに使用し、

圧縮空気のうち実際に燃焼に使用するのは20~30%に留まる」。

というような内容が書かれています。

残念ながらPW4090の場合は具体的にどの程度燃焼に使用するのか、

データを見つけることができなかったのですが、

このエンジンに「燃焼に使用するのは20~30%に留まる」を当てはめると、

エンジンの前方から取り込まれた空気のうち、圧縮機に送られるのは14%で、

燃料を加えられて燃焼するのは14%の中のさらに20~30%に留まるわけですから、

燃焼に使用されるのは全体の2.8~4.2%に過ぎない。ということになります。

 

ジェットエンジンというと、あの大口からガーッと大量の空気を取り入れて、

なんだかいかにも燃料をたくさん燃やしてそうなイメージですよね。

でもあの大口から取り入れた空気のうち、実際に燃焼に使用するのはたった3~4%に過ぎない。

と考えると、ちょっとはイメージが変わります(よね?)。

 

デリバリーが待たれる787に採用されるエンジンのバイパス比は、9.5とか11という数値で、

圧縮機に入らずそのまま噴出する空気はそれぞれ、90.5%と91.7%に相当しますから、

圧縮機送りになる空気は1割にも満たないことになります。

バイパス比11のエンジンに 「20~30%」を当てはめると、エンジン入口から取り込んだ空気のうち、

実際に燃焼に使用されるのは、たった 1.66~2.5% ということになります。

さらに燃やさないです。


大久保飛行場跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

京都府‎宇治市にある陸上自衛隊大久保駐屯地。

戦前ここに小さな滑走路が作られました。

現在でも「滑走路地区」として表示されているそうです。

 

D20_0080.jpg

水の向こうに白っぽく見えるのが「滑走路地区」。

ここは元々「日本国際航空工業」だったのですが、戦後米軍が接収しました。

1948年の航空写真には滑走路は跡形も写っていません。

1956年10月に返還されるのですが、同年3月撮影の航空写真に滑走路が写っています。

ということで、米軍占領時代に作られた滑走路なのではないかと。 

 

2014/8/13追記:アギラさんから情報頂きました。

「京都の大久保飛行場を造った日付が日本國際航空工業株式會社の冊子(昭和17年12月5日発行)にありました。
昭和15年4月16日に日本國際工業京都工場及び付属飛行場建設起工式(京都府久世郡大久保村)昭和16年7月25日公共用飛行場設置認可とありました。」

オイラはてっきり米軍が造った滑走路だと思っていたのですが、日本國際航空工業が造ったものでした。

アギラさん情報ありがとうございましたm(_ _)m

 

大久保飛行場:map   


      京都府・大久保飛行場跡地      

大久保飛行場 データ

設置管理者:陸上自衛隊
空港種別:陸上飛行場
所在地:京都府‎宇治市‎広野町‎成田
座 標:N34°52′40″E135°46′19″
標 高:18m
滑走路:370m×36m
磁方位:18/36
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1940年04月 16日、日本國際工業京都工場及び付属飛行場建設起工式 
1941年07月 25日、公共用飛行場設置認可
1945年09月 接収
1956年10月 米軍大久保キャンプ返還
1957年     大久保駐屯地創設

関連サイト:
国土地理院 1961年5月当時の写真(MKK612 C13 209) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   


6周年 [├雑談]

おかげさまで丸6年になりました。

今後ともどうぞ宜しくお願い致します m(_ _)m

 

ところで。

チマチマとアチコチの飛行場/跡地の資料集めをしているオイラなのですが、

先日やっとその作業が終了しまして、今分かっている範囲で日本全体の資料を集めることができました。

資料はA4のファイルで5冊分になります。(XДX)

以下、各県に何ヵ所残っているか書き出してみました。(ちなみに(  )は既にお邪魔した数です。)

 

北海道  6(71)

東北 計19(28)
青森  8(3)
秋田  3(5)
岩手  2(2)
宮城  2(5)
山形  2(6)
福島  2(7)

関東 計86(56)
千葉 25(1)
茨城 34(3)
栃木 19(1)
東京   7(13)
埼玉   0(19)
群馬   1(7)
神奈川0(12)

中部 計15(66)
新潟   6(2)
富山   1(1)
石川   1(4)
福井   3(1)
山梨   0(7)
長野   0(9)
静岡   1(14)
岐阜   1(4)
愛知   2(24)

近畿 計16(40)
三重   1(11)
滋賀   3(6)
京都   6(2)
奈良   0(3)
和歌山0(2)  
大阪   0(10)
兵庫   6(6)

中国 計25(11)
鳥取   5(2)
島根   3(1)
岡山   3(4)
広島   7(3)
山口   7(1)

四国 計4(16)
香川   1(5)
徳島   1(2)
高知   2(4)
愛媛   0(5)

九州 計69(27)
福岡 16(6)
佐賀   2(1)
長崎   9(2)
大分   6(3)
熊本   8(4)
宮崎   4(5)
鹿児島24(6)

沖縄  25(15)

今後お邪魔したい飛行場/跡地は合計265ヵ所でした。

これ以外に、防空監視哨、博物館、資料館など、飛行場とは直接関係ないけれど

行ってみたい箇所が34あります。

挙げた数字は「位置がほぼ特定できている飛行場/跡地」で、

「多分この辺のどこかにあるはずなんだけどなぁ」という場所は含まれていません。

 

例えば北海道は、昨年6月末の時点では、

場所が特定できている箇所→1
場所が不明な箇所→17

だったのですが、現在は、

場所が特定できている箇所→6
場所が不明な箇所→12

になっております。

時間経過と共にポロポロ見つかる感じですね。

北海道は出入りに時間とお金がかかるのでとりあえず今年は行かずにさらに情報集めをしたいと思っています。

 

東北は、太平洋側に跡地が結構残っているのですが、

地元経済のためにもお金を落としつつ入って構わない場所と、

当分それどころではない箇所があるはずで、その見極めがつかない状況です。

 

関東では、千葉、茨城、栃木にたくさん残っているのですが、

これら三県も東北と同様で、震災でどの程度見学が可能かどうか不明です。

また東京都には、海上自衛隊に入隊したり、漁師さんにならないと行けない離島の飛行場/跡地があるのですが、

そこはカウントしてません。

東京の残り7ヵ所はすべて、民間人が普通に切符を買って行ける離島ばかりです。

 

中部地方には、残り"1"の県が多いのですが、「…ふう。これでこの県は制覇したゼ」と思っていたのに、

自宅に戻ってよくよく調べたら明後日の方向の写真を撮っていたとかの大ポカが判明し、

再訪決定。というパターンが三県あります。。。 (o ̄∇ ̄o)ハハ

 

近畿は長いことなかなか行けなかったのですが、昨年夏と秋にかなりお邪魔できました。

現在「近畿強化月間」中ですが、六月中旬まで続けてアップ致します。

 

中国は出雲空港をはじめ、現役で規模の大きな飛行場が未訪のまま多く残っています。

西日本方面に出かける場合、自宅埼玉の近場から順に回るか、一気に四国、九州まで移動してしまうため、

中国はどうしても後回しになってしまいます。

今年中に行けるかしらん。

 

四国は昨年11月にお邪魔して全制覇したつもりだったのですが、

今年に入ってから改めて調べ直したら某有料優良サイトを発見。新たに4箇所未知の跡地を特定できました。

昨年四国でお邪魔した所は、六月下旬から七月下旬にかけてアップ予定です。
(これでやっと去年行った分は全部アップしたことに)

 

九州は特攻機の最終出撃基地が多く、あちこちの飛行場に関する非常に充実したサイトが多いのが特徴です。

すんなり全部の飛行場を場所特定できるだろうと思っていたのですが、

知覧、鹿屋といった有名な基地とそうでない所でネットでの扱いの落差が激しく、資料集めに意外と苦労しました。

場所特定できずに積み残しになっている"幻の飛行場"がたくさんあります。

鹿児島は、24のうち離島が11。

沖縄は25のうち離島が13。 となっております。

ほとんどの県にはどうしても場所特定できない "幻の飛行場" がいくつかあるのですが、

沖縄は全ておおよその場所を特定することができており、不明な飛行場はゼロです。

 

現在のところ、未アップの分も含めて、既にお邪魔した飛行場/跡地は331ヵ所。

これから見学予定の箇所が265ヵ所なので、

全国にはオイラのような素人でも行ける飛行場/跡地が(現時点で判明している範囲内で)全部で596ヵ所ある。

ということになります。

これに件の東京の民間人には行けない離島飛行場や北方領土の飛行場を加えると、軽く600を超えてしまいます。

…日本も随分と飛行場を作ったもんですね~。

もしかして、有効に使用できたかどうかは別にして、

単位面積当たりでは世界有数の飛行場/跡地大国なんじゃないでしょうか??

…外国の実情をまったく知らずに言ってしまってますけども。

こうやって回り始めた頃は、(多く見積もってもせいぜい200強程度だろう)なんて思っていたのですが。。。

北海道や四国のように、ほんの1年程の間に新たに場所特定が進むケースもあり、

今後もまだまだ増えるかもしれませんが、「ゴール」は(遥か先に)なんとなく見えた気がします。

 

寒さも緩み、花粉症も治まり、今年もまたアチコチ徘徊する時期になりました。

予定通りなら、今週は福岡と長崎の離島を中心に回っております。

どこかで「今年中に回り終えるだろう」みたいなことを書いた気がするのですが、

そんな訳で、とても無理でした。 (XДX)

また、どうしても見つけられない跡地に関して、マリオ・デ・ニ−ロさん、IsPhotoさんから貴重な情報をいただきました。

この場で改めて感謝致します m(_ _)m

 

 

ということで、オイラのスナフキン記事はまだしばらく続きます。

今後ともどうぞ宜しくお願い致します m(_ _)m

とり。