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豊川離着陸場跡地 [├空港]

  2011年5月 訪問 

D20_0016.jpg

前記事の日吉原演習場から東名道をはさんですぐ南側にある愛知県豊川市の豊川駐屯地。

詳しいことは不明なのですが、戦後の一時期ここに離着陸場がありました。日吉原演習と似てますね。

写真は滑走路があった付近。

現在は建物が並んでいます。 

 

豊川離着陸場:map   


     愛知県 ・豊川離着陸場跡地      

豊川離着陸場 データ

設置管理者:防衛省
所在地:愛知県‎豊川市‎本野町‎東野添‎
座 標:N34°49′59″E137°22′58″
滑走路:450m×15m
磁方位:08/26
*座標はグーグルアースにて算出

関連サイト:
国土地理院 1959年5月当時の写真(CB592YZ P28 33) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   
(1959年~1995年まで滑走路を確認できます)
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日吉原離着陸場 [├空港]

  2011年5月 訪問 

D20_0009.jpg

愛知県豊川市にある陸上自衛隊日吉原演習場。

演習場の敷地内に離着陸場があります。

1960年代以降の地図にはハッキリと滑走路が写っているのですが(下記リンク参照)、

グーグルで見ると現在はかなり溶けかかっています。

もしかして現在は滑走路として使用していないのでしょうか??

外からグルグル回ったのですが、緑の壁に阻まれ、結局視認することはできませんでした。

上の写真、この先に滑走路があるはずなのですが。。。

 

日吉原離着陸場:map   


      愛知県・日吉原離着陸場跡地      

日吉原離着陸場 データ

設置管理者:防衛省
所在地:愛知県‎豊川市‎大木町‎山ノ奥‎
座 標:N34°51′16″E137°23′16″
磁方位:12/30
*座標はグーグルアースにて算出

関連サイト:
国土地理院 1961年5月当時の写真(MCB616 C6 3649) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   
(1946年の写真に滑走路は写っておらず、1961年以降確認できます)
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北部九州旅行・1 [■旅行記]

なごや.png

(これは2011年5月の話です)

今回は福岡県佐賀県、長崎県を回ることにしているのですが、

長崎県には未訪問の離島空港/跡地が6ヶ所残っていて、特にその離島を全部回ろうと考えていたのでした。

3:30 自宅出発

早速本日、というか、日付が変わる24:10博多港発のフェリーに乗って対馬に渡る予定です。

これまでの経験から、ゆっくり走り、きちんと休憩をとりつつでも、博多港には17:00には着けます。

出港は24:10ですから、7時間前には着いてしまうわけです。

そこで、途中のまだ見ていない飛行場に寄り道しながら進むことに。

万一のことを考えると、早めにある程度港の近くまで進んでおいた方が安心なのですが、

この時期撮影ができるのはせいぜい18:30まで。

例えば博多港に到着してから周辺の飛行場を回るとすると、1時間半で薄暗くなってしまい、

その後5時間半、延々と暗い中で出港を待たねばなりません。

それでまだ行っていない飛行場を自宅の近くから順番に回りつつ進むことにしました。

まずは静岡県の滝ケ原飛行場、その後愛知県の日吉原飛行場、豊川飛行場、名古屋空港のエアポートウオークを見学。

(静岡県の滝ケ原飛行場は滑走路を撮るのに失敗してしまったので後日再び行くことに。とほほ)

その後岐阜県の某河川敷内の滑空場に向かったのですが、ここは結局入れなかったので名前を伏せておきます。

 

実はこの日は早朝からすんごい雨。

フィリピンで発生した台風1号からの湿った空気と前線の影響で風雨共に非常に激しく、

台風特有の空模様で、 時々視界が白く煙るほどの豪雨になるかと思えば、

ほとんどカサも不要な時もあり、飛行場の撮影はそのタイミングで済ませました。

というか、恐らくオイラの日頃の行いが品行方正、清廉潔白なためだという結論で間違いないと思うのですが、

撮影場所に到着すると、それを待っていたかのようなタイミングで雨が止むのです。素晴らしい。

滑空場近くの道の駅にて、エアポートウオークで買ったお弁当で昼食。

まだまだこの先にも未見学の場所はたくさんあるのですが、ぼちぼち博多港に向かうことにしました。

ここから博多港までは800km。予定では出港2時間半前には到着できます。

 

途中、兵庫県で給油。

給油中、事務所から出てきたスタッフのおばちゃんがつかつかとオイラの車に歩み寄ると、

やにわにワイパーを持ち上げ、ゴムを引っ張っています。

そしてオイラの所にやって来て言いました。

「このゴム、もう寿命だから替えときましょか?

ディーラーで買えたら定価取られるからディーラーで買えたらダメですよ?

でもウチは割引で得ですよ?」

な、なんて関西流営業トーク!(☆Д☆)

オイラの行きつけのディーラーは割引価格なんだけどな~。

相変わらず雨がすごく、車体をバシバシと激しく叩きつける雨音でラジオも満足に聞けないほど。

そしてたまにハイドロプレーン気味になりますが、そんなに飛ばしてないしFFなので無問題。

 

実は出発の少し前にスタッドレスからノーマルタイヤに履き替えたのですが、

去年まで使っていたノーマルタイヤを装着前に点検したら、極太のネジと金属片が深々と刺さってました。。。_| ̄|○ il||li

(むむむ、もうちょっとミゾが残ってるからもう少し走りたいなぁ。。。)

素手ではとても取れないのでプライヤーで引っこ抜くと、どちらからも勢いよくエアが抜けます。

工具箱を探したら、多分10年位前に買ったと思しきパンク修理キットが出てきたのですが、

セメントがひからびて固くなっており、まるでゴムのようです。

(こんなゴムみたいな状態で使えるんか??)

よく分かりませんが、ロケット型のゴムに無理やりセメントを塗りたくって作業しました。

翌朝見てみたら、一応空気圧はきちんと保っています。

ホッとしてその日一日仕事で走ったのですが、大丈夫。

ところが更にその次の日、仕事で走行中に突然空気が抜けてしまいました。

路地に車を入れ、スペアタイヤに交換。その後カーショップへ。

修理に必死で気が付かなかったのですが、パンク修理してるところを偶然お得意さんに見られしまい、

後日、「とりさん、○○の裏でお店開いてたでしょ~」と言われてしまいました。

実は4本ともミゾがかなり減っていたので、今回の旅行が終わったらボチボチ新品に履き替えようかと考えていました。

いい機会なので、ここで4本とも新品に履き替え。

今から考えると、豪雨の高速走行中に空気が抜けたら。と考えるとゾッとします。フロントタイヤだったし。

 

天候は最悪なのですが、それでも順調な走行が続き、広島県に入りました。

予定していたのよりちょっと早く進んでおり、出港3時間前には着けそうです。

(余裕だからちょっとペース落とそうかな~)などと考えていた矢先、

道路情報を示す大きな電光掲示板に「通行止め」の表示が。Σ(゚Д゚;)

ラジオを合わせてみると、

「この先約85キロの玖珂ICから山口南ICまでの区間、雨のため通行止め」とのことでした。

(おいおい…)

こうして、「オイラの日頃の行いは品行方正、清廉潔白説」は豪雨による濁流に巻き込まれ、

キレイさっぱり跡形もなく流れ去ったのでした。(;´Д⊂)

そういえば数時間前からナビが時々思い出したように、「10キロメートル以上先、入口閉鎖です」とか言ってたっけ。

あれはこのことだったのか。。。 _| ̄|○ il||li

まだ広島JCTの手前なので、中国自動車道に迂回して下関に向かうルートもあるのですが、

距離がかなり延びてしまう上に中国道も同じく雨で通行止めの箇所があります(地名は忘れた)。

これは通行止めの箇所は下道で迂回するよりありません。

よそ者のオイラには、突然「玖珂ICから山口南IC」と言われても、それがどの位の長さの区間なのか見当もつきません。

下道を使った場合、どの位のロスになるのかも分かりません。

通行止めの一つ手前のPAで状況を把握することに。

 

・・・。

独自調査の結果、通行止めの区間は66.5kmでした。

高速なら40分ほどで通過できる距離ですが、ナビでは平行して走る国道2号で迂回した場合、

所要時間が2時間ほど増えると出ました。

それでも出港1時間以上前に港に着けます。これなら大丈夫。

通行止めの区間がそれほど長くなくてホッと一安心です。

オイラのナビは一般道の所要時間を平均速度30km/hで出す設定なので、

順調に進めば予想時刻よりずっと早く港に着く可能性も大いにあります。

ということで、通行止めのインターで降りて山口南ICまで下道を走ることにしたのでした。

ところが、夕方の帰宅ラッシュと大雨が重なったせいか、玖珂IC周辺は大大大渋滞!

インターを出て、ほんの1kmほど先の国道2号にたどり着くまでに1時間以上を要しました。

周辺は地元ナンバーに混じって、九州ナンバーの大型トラックだらけ。

オイラこういうケースは初めてなのですが、もしかしたら1つ手前のICで降りた方がよかったのでしょうか。

ナビの港到着予定時刻は、どんどん出航時間に迫っています。

(それでも国道に出れば、スイスイ進むかも。。。)などという希望的観測も虚しく、国道がこれまた大大大渋滞。

雨の中、延々続くテールランプの赤い灯。

本格的にヤバくなって参りました。(゚Д゚;≡;゚Д゚)

時間と共に雨は大分小降りになり、(もしかしたら通行止めが途中で解除になるかも)という淡い期待の下、

地元FMをつけっぱにしておき、解除になったらすぐ高速に乗ろう。と考えていたのですが、

結局そんなことは起こりませんでした。

この先の目指す山口南ICから博多港までは、おおよそ160kmなのですが、

この区間はほぼ高速道路使用なので、時間短縮はほとんど望めません。

やはり時間短縮の可能性があるとしたら、下道を走っている今しかないのです。

時々50~60kmで流れる区間もあるのですが、すぐにつっかえてしまい、また酷い渋滞になってしまいます。

港に着いたらすぐに船に乗れるよう、信号待ちの時に荷物の準備をするオイラ。

博多港にはいくつかターミナルがあり、オイラが行けばいいのはどのターミナなのか不明です。

港に着いたら、対馬の厳原行きのターミナルを探し、それから車を駐車場に入れ、ターミナルで乗船手続きをしなくてはなりません。

事前に確認したところ、「二等は予約不可。手続きは先着順」とだけ書かれていて、

何分前までに、とは明示されていなかったのですが、最低でも40分前には港に到着したいところです。

ついさっきまでは(何時間も前に港についてもヒマだな~(o ̄∇ ̄o))なんてのんきに考えていたというのに。。。

実は最後にお邪魔した岐阜県の滑空場、行くか止めるか大分迷ったのですが、思い切って行くことにしたのでした。

そして、ここで1時間ロスした挙句に辿り着くことができなかったのです。

 

つけっぱにしている地元FMにはサンドウィッチマンが出てました。

「男カルタ」 面白いな~。…って、楽しんでる場合じゃないんですけど。

車を駅前に置いて、新幹線を使おうか。とも考えたのですが、またここまで車を取りに戻らないといけないし、

時間に間に合う列車があるかもよくわかりません。かなりギャンブルなのでやめることに。

(後日調べたら、23:27博多着のこだまがありました。博多到着後、タクシーに飛び乗れば、もしかしたら間に合ったのかもしれませんが、よく分かりません)

結局、奇跡(この先山口南ICまで60km/hで走り続けること)が起きても間に合わなくなってしまいました。。。

非常に残念ですがもうフェリーには間に合いません。

雨の中どこまでも続く酷い渋滞の中で走り続けるのをやめて、とりあえず近くの道の駅で車中泊することに。

その前に、対馬でレンタカーの予約をしていたので、そのキャンセルをしなくてはなりません。

ところが予約変更の連絡先にかけても、直接営業所にかけても既に営業時間外でつながりません。

(…仕方がない。ドタキャンになっちゃうけど明朝連絡するしかないか。。。)

やっぱり長距離の時は余裕の上にも余裕をもたないとダメですね。

この大雨で通行止めという事態も予測すべきでした。。。

ということで、山口県内の山の中の某道の駅で車中泊したのでした。

おやすみなさい。

 

(続きます)


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とり日記 [■ブログ]

ということで「四国強化月間」は終了致しました。お付き合い、ありがとうございました。m(_ _)m

これでやっと2010年の見学箇所はすべてアップ致しました。

その後のオイラはどうしたかと言いますと、昨年の12月から今年の4月まではどこにも行かずに大人しくしてました。

で、5月から再び見学を始めたのでした。

そんなわけで次回から「九州強化月間」です。

 

ところで話は変わりますが。

今年はあちこちから「まだセミが鳴かない」という声が伝わってきます。

オイラの自宅では、今年はセミもそうですし、Kも出ないし、Gもまだ出現していません。

KとGが出ないこと自体は非常に喜ばしいことなのですが、どうしたことでしょう??

別にGが出現する一分の隙も与えないほどキレイになんかしてないのに。

むしろ例年通り、Gがいつ出現してもおかしくない程度にしているつもりなのに。。。 

皆様お住まいの地域はいかがでしょうか。

 

それとですね、少し前に「スタバが怖い」というネタを書きましたが、

オイラの心境を120%表現しているアニメがありました。

興味のある方は是非見てみてください→■(2012/1/14 追記:動画削除されました)    

 

では~。


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徳島飛行場(徳島阿波おどり空港、松茂飛行場) [├空港]

  2010年11月 訪問 

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徳島飛行場(愛称:徳島阿波おどり空港)。

地名から「松茂飛行場」と呼ばれていました。

3年前にお邪魔していたのですが、昨年4月に滑走路延長(2,000m→2,500m)、

ターミナルビルがオープンしたのでまたお邪魔したのでした。

 

D20_0072.jpg

ターミナル正面。早速踊ってます。

 

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愛され、親しまれる空港を目指す為に生まれてきました! 「うずぴー」です!

(空港サイトより)【キャラクター説明】鳴門のうずをイメージし、髪を波の形にしています。その波がしらは空、夢、希望等をイメージする虹色にしました。また、スタイルは阿波おどりの男踊りで、飛行機型のうちわを持っています。法被の帯は滑走路を表現しています。足袋の色は鳴門金時を焼き芋等、熱した時の実の色の黄色にしました。

地元高校生原案だそうです^^

いろいろ細かい設定があるのですね~。侮れません。

てっきり1つ上で「エーラヤッチャ エーラヤッチャ」踊ってる緑色のキャラとコンビなのかと思ったのですが、

検索しても出てくるのは「うずぴー」のみ。

「エーラヤッチャ」くんの立ち位置は一体…。

2011/7/27追記: 「エーラヤッチャ」くんは徳島県のマスコット「すだちくん」でした。
noriho-さん情報ありがとうございましたm(_ _)m

 

D20_0075.jpg

ターミナル内部。

 

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案内によると、この不思議な通路の先が「展望デッキ」ということになっているのですが、

ガラス張りの小さな部屋で行き止まりになっています。

 

D20_0079.jpg

写り込みがあって撮影には向きません (〃´o`)=3

 

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海に突き出したR/W29側。

前回お邪魔した時には工事中で行けなかったのですが、「月見が丘海浜公園」内をどんどん歩いていくと、

エンドの近くまで行けます。 

 

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ターミナル前駐車場。手っ取り早く撮るなら展望デッキよりこっちかな~。

 

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防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 大阪警備府航空基地現状表」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:徳島 建設ノ年:1942-4 飛行場 長x幅 米:1300x1200芝張ノ内600x300モルタール舗装 主要機隊数:小型10 主任務:偵察教育 作戦 隧道竝ニ地下施設:居住(2.000平米) 雷(同時調整18、格納72本) 指揮所、電信所、燃料庫、爆弾庫、工業場、倉庫 掩体:小型無蓋13 其ノ他記事:撫で?ニ居住施設分散

徳島飛行場(徳島空港):map   


      徳島県・徳島飛行場(徳島阿波おどり空港)      

    ビュー:☆★★★★  
展望デッキ無料。ガラス張りの小さな部屋のため撮影は厳しい

    施設:☆☆☆☆★  
お土産:地酒、藍染、スダチ、海産物、ヒコーキグッズ少し 
さぬきうどん、空弁あり

    マニア度:☆☆☆★★  
海側のR/W29エンド側の月見が丘海浜公園

    総合:☆☆☆★★  
撮影するなら外から

徳島飛行場(徳島空港)データ
設置管理者:防衛省
3レター:TKS
4レター:RJOS
空港種別:共用空港
運用時間:7:00~21:30
所在地:徳島県板野郡松茂町
標 点:N34°07′58″E134°36′21″
標 高:11.4m
面 積:191ha
滑走路:
終戦時:1,500mx1,500m 「日本海軍航空史」(終戦時)より
現在: 2,500m×45m
磁方位:11/29
航空管制周波数
・飛行場管制 
 徳島タワー   118.00 123.10 126.20
 徳島グランド 118.00
・進入・ターミナルレーダー管制
 徳島アプローチ 120.10 122.45 124.00 126.20
 徳島ディパーチャー 120.10 122.45 124.00 126.20
・航空路管制
 福岡コントロール(四国北セクター)132.40 119.35

沿革
1942年04月 旧海軍徳島航空基地として発足
1946年08月 接収
1952年     返還
1957年06月 不定期便就航
1958年12月 海上自衛隊、徳島航空基地として使用開始
1962年10月 公共用飛行場指定告示
1986年04月 滑走路1960m暫定運用開始
1987年04月 滑走路2,000m供用開始
1989年04月 新ターミナルビル完成
2001年09月 滑走路延長(2,500m)工事着手
2010年04月 滑走路延長(2,500m)、新ターミナルビルオープン

関連サイト
徳島あわおどり空港     
えあぽネット/徳島空港      
国土交通省大阪航空局/徳島飛行場   
Wiki/徳島飛行場     
ブログ内関連記事
     


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徳島第二(市場)飛行場跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

無題.jpg

徳島阿波おどり空港」は旧海軍の「徳島航空基地」だったのですが、

そこから西南西約28キロのところに「徳島第二(市場)飛行場」がありました。

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 大阪警備府航空基地現状表」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:市場 建設ノ年:1945-6 飛行場 長x幅 米:1200x100芝張 主要機隊数:小型 主任務:退避 隧道竝ニ地下施設:施設アルモ数量不明

 

D20_0054.jpg

・A地点にある碑。

市場飛行場跡記念碑(一部抜粋)太平洋戦争末期、戦局が著しく悪化しつつあった時、軍はこの地に急拠、市場飛行場(徳島海軍航空隊第二基地)の建設を決定し、昭和二十年三月より四月にかけ当該地域住民のうち三十数戸には家屋取り壊しを、八十数戸には家屋明け渡しを命じた。突然の命令に住民は一時白失呆然となったが、お国の為ならとお互いに励まし助け合いながら、永年住みなれた我が家や田畑に愛惜の念を残しつつ、約五百人以上の人々が家無き人となり、親類縁者を頼って疎開した。これにともない軍は施設部隊を投入するとともに 市場町並びに隣接町村より勤労報国隊が 又学徒動員による奉仕隊が派遣され 田畑や除去家屋の宅地は滑走路や誘導路となり、同年六月には海軍航空隊が駐屯し訓練を開始、残余の農地も耕作は殆んど不可能となる。同年八月十五日終戦となる 戦後の国家には当該住民を救済する力も方策も見当らず、住民は戦後の極度の食糧難、物資不足と経済的インフレに耐えながら家屋の再建或いは軍靴に踏み荒らされた家屋の修理、滑走路などの田畑の復旧に全力を尽くした。長い年月を要したその労苦は誠に計りしれないものがある。ここに戦後五十年の記念日を迎えるに当り、この飛行場にかかわった人々の流した汗と涙の労苦を 今後永く記念するとともに永遠の平和を願い、町当局の絶大な御支援をいただき、往時の滑走路のほぼ中央にこれを建てるものである 平成七年八月十五日 市場飛行場立退者の会長 北岡忠以下、立退者の会役員、立退世帯名が並ぶ

 

D20_0059.jpg

・B地点

田畑を潰して建設した飛行場でしたが、また元の姿に戻ったのですね~。

 

徳島第二(市場)飛行場:map   


      徳島県・徳島第二(市場)飛行場跡地飛行場跡地     
滑走路は1,300mで完成したのですが、東側部分を延長して2,000mにする予定でした

徳島第二(市場)飛行場 データ
設置管理者:旧海軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:徳島県‎阿波市‎市場町興崎‎北分‎
座 標:N34°05′54″E134°17′29″
滑走路:1,300m×100m
磁方位:08/26
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1945年03月 住民に立退命令
     06月 駐屯、訓練開始
戦後、滑走路は田畑に戻される

関連サイト: 
国土地理院 1948年3月当時の写真(USA M822-1 71) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   


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西條(吉井)飛行場(逓信省愛媛地方航空機乗員養成所)跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

無題.jpg

瀬戸内海に面した愛媛県‎西条市。

かつて「逓信省愛媛地方航空機乗員養成所」がありました。

後に旧海軍の「西條海軍航空隊」に移管しました。

地元では「吉井飛行場」と呼ばれていました。

現在一部ゴルフ場になっており、敷地内に碑、防空壕等があります。

お邪魔したのはちょうどお昼休みの時間だったのですが、ゴルフ場の受け付けで見学させてもらえないか頼んだところ、

快く中を案内してくださり、いろいろ話をお聞きすることができました。

敷地内に古い倉庫のようなものがあり、「あれも飛行場時代のものでしょうか?」とお尋ねしてみると、

戦後は一時期塩田として利用されており、塩田時代に建設されたものだと教えてくれました。

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 呉鎮守府航空基地現状表」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:西條 建設ノ年:1944 飛行場 長x幅 米:940x750芝張 主要機隊数:小型6.0 主任務:教育 隧道竝ニ地下施設:居住(780㎡)、指揮所、電信所、燃料庫、爆弾庫、倉庫、工業場 掩体:小型隠蔽51 其ノ他記事:旧航空局乗員養成所 空爆ニ依リ建物一部焼却

D20_0049.jpg

・A地点にある碑。

側面にはそれぞれ、「平成二十年三月 西条市教育委員会」、「この地には逓信省愛媛航空機乗員養成所があったが戦局の悪化に伴い海軍に移管され詫間海軍航空隊の分遣隊として開隊した。地内には、防空壕、指揮所も残っている。」と記されていました。

 

D20_0042.jpg

 

D20_0043.jpg

防空壕。現在はご覧の通り、その上でゴルフが行われています。

 

D20_0047.jpg

ゴルフ場内部

 

西條飛行場:map   


      愛媛県・西條飛行場跡地      
西條飛行場 データ

設置管理者:逓信省→旧海軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:愛媛県‎西条市‎今在家‎
滑走帯:940mx960m 「日本海軍航空史」(終戦時)より
座 標:N33°55′37″E133°07′21″
(座標はグーグルアースから)

沿革
1938年2月 着工
1942年4月 逓信省愛媛地方航空機乗員養成所開設
1944年3月 詫間海軍航空隊西條分遣隊開隊
1945年3月 米機動部隊による攻撃を受ける
         戦後は一時期塩田となる
1961年    ゴルフ場になる

関連サイト:  
国土地理院 1948年3月当時の写真(USA R30-1 117) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   


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竹之下(拝志)飛行場跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

無題.jpg

前記事の重信川滑空場から約2キロ上流にあった「竹之下(拝志)飛行場跡地」。

旧海軍の秘匿飛行場でした。現在はすっかり田園に姿を変えています。

の拝志小は当時整備員宿舎として使用されていたのだそうです。

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 呉鎮守府航空基地現状表」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:竹ノ下 建設ノ年:1945-7 飛行場 長x幅 米:900x50芝張 主要機隊数:小型機 主任務:発進 隧道竝ニ地下施設:工事中

D20_0041.jpg

・A地点

 

竹之下(拝志)飛行場:map   


      愛媛県・竹之下(拝志)飛行場跡地      

竹之下(拝志)飛行場 データ

設置管理者:旧海軍
空港種別:秘匿飛行場
所在地:愛媛県‎東温市‎上村‎
座 標:N33°46′36″E132°51′13″
滑走路:900m×50m(芝)
磁方位:08/26
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

関連サイト:
国土地理院 1948年2月当時の写真(USA M782 148) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   


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重信川滑空場 [├空港]

  2010年11月 訪問 

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愛媛県‎松山市を流れる‎重信川河川敷にある「重信川滑空場」。

現在は「模型グライダー発着場」として使用されています。

 

D20_0038.jpg

 

重信川滑空場:map  


      愛媛県・重信川滑空場      

重信川滑空場 データ

設置管理者:四国ソアリングクラブ
空港種別:滑空場
所在地:愛媛県‎松山市‎中野町‎ 重信川左岸
座 標:N33°46′55″E132°50′05″
滑走路:1,100m×20m
磁方位:10/28
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

関連サイト:
ソアリング & セーリング日記    


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松山空港周辺の掩体壕・2 [├場所]

   2010年11月 訪問 

愛媛松山空港周辺には掩体壕が3つ現存しています。

実は3年前に見学したのですが、準備不足から2つしか見つけることができず、今回やっと3つ目を見ることができました。

この記事では3つ目の掩体壕のことだけ書きます。

残りの2つについて興味のある方は下記リンクをご覧くださいませ。

 

D20_0032.jpg

ファミマの向かいの細い路地を入った所にありました。

周辺は区画整理された住宅地で、ここだけ異質の空間になっています。

なるべく住宅が写らないように努力したのですが、アングルが苦しい。。。><

入り口がヒコーキ型になっているので海軍型ですね。

松山空港は元々旧海軍の飛行場なので当然と言えば当然なのですが、

残りの二つは陸軍型で、異なる型式が混在していて珍しい組合せになっております。

 

D20_0033.jpg

歩道の所で切欠かれてます。これも珍しいですね。

区画整理された住宅地ならではです。

 

松山空港周辺の掩体壕・2:map  


     松山空港周辺の掩体壕・2      

松山空港周辺の掩体壕 データ

設置管理者:旧海軍
所在地:愛媛県‎松山市‎南吉田町‎

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