So-net無料ブログ作成
検索選択

那須野(黒磯・埼玉)飛行場跡地 [├空港]

  2011年10月 訪問 

無題4.png

栃木県‎那須塩原市‎埼玉‎にあった旧陸軍の「那須野(黒磯・埼玉)飛行場」。

この飛行場自体は以前から知っていたのですが、(栃木県なのに、何故に埼玉??)と非常に不思議でした。

調べてみたら住所が「埼玉(さきたま)」なんですね。

上図の滑走路は、1947年当時の写真(下記リンク参照)を元にしたおおよそのものです。ご了承くださいませ。

 

D20_0016.jpg

・A地点。

埼玉小学校の隣り、県道55号沿いにある大きな碑。 すごく目立ちます。

 

D20_0017.jpg

那須野 陸軍飛行場跡 建立の記(全文) 日支事変から第二次世界大戦に突入した日本陸軍は飛行操縦将兵の早期養成に迫られ この地に昭和十三年から三年の歳月をかけて面積約二百八十ヘクタールの飛行場を完成した 爾来 熊谷及び宇都宮陸軍飛行学校那須野教育隊として下士官 特別操縦見習士官 少年飛行兵等の操縦学生が猛訓練を繰り返し 卒業後はつぎつぎと第一戦へ配属されていった 戦況熾烈となった昭和二十年四月茨城県より鉾田教導飛行士団が移駐して実戦部隊となり双襲双軽爆撃機による特攻機の訓練基地として神鷲隊十二隊が編成され うち二隊は終戦直前 岩手及び鹿島東方洋上に特攻散華せられた 七月 八月には敵艦載機の来襲を受け将兵竝びに附近住民多数の戦死傷者を出し また飛行場開設以来猛訓練に依り幾多有為の士が殉職せられた その間防衛整備にあたった軍人軍属も 近隣から動員された老少婦女子を含む各種奉仕隊も共に祖国の勝利を念じつつ辛酸を分かち合ったのである 時代の流れは刻刻にかつての面影を消し去つてゆく 幸い今日まで生を得たわれ等当時の関係者は世界の平和と日本民族永遠の繁栄とを祈りこの地に記念碑を建立する 願わくはここを巣立ち ここに戦死せられた人々の霊の安らかんことを 昭和五十三年十一月五日建立 撰文 月江冨治朗 

 

D20_0014.jpg

・B地点。

この道路に沿って右側に滑走路が伸びていたはずです。

撮影場所の背後には清掃センターがあります。

 

那須野(黒磯・埼玉)飛行場:map   


      栃木県・那須野(黒磯・埼玉)飛行場跡地     
非常に詳しく調査されているサイトが複数あります。興味のある方は検索してみてください。1942年4月に開所式があり、特殊飛行を行った一機が急降下後に上昇しようとして地面に突っ込んでしまうという出来事がありました。(本人は視力が下がっただけで命は助かった) このパイロットは前日に那須で酒を呑み、朝になって帰って行ったのだそうです。。。 末期の時期は訓練用のガソリンも乏しく、当飛行場の高級参謀はほとんど毎日吉祥寺の第一航空軍の作戦参謀と直通電話で作戦の打ち合わせをしていたのですが、そのほとんどがガソリンの請求だったのだそうです

那須野(黒磯・埼玉)飛行場 データ
設置管理者:旧陸軍
空港種別:旧陸軍
所在地:栃木県‎那須塩原市‎埼玉‎
座 標:N36°57′42″E140°00′39″
面 積:280ha
滑走路:1,350mx53m?
磁方位:16/34
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1937年頃   陸軍から地権者に対して買収の通告
1938年     着工
1942年01月 開所。熊谷陸軍飛行学校那須野教育隊開隊
     04月 開所式。5万人が近隣から集まる
1943年09月 宇都宮陸軍飛行学校那須野教育隊となる
1944年10月 熊谷陸軍飛行学校那須野教育隊となる
1945年04月 茨城県鉾田教導飛行士団移駐 特攻機の訓練基地となる
     07月 約2か月の突貫作業で砕石で固めた滑走路完成(それまでは滑走路がなかった)
     7,8月 空襲を受ける
   8月13日 神鷲201隊(双襲)6機出撃。2機突入、3機目標未確認のため帰還。1機帰還途中不時着              

関連サイト:
国土地理院 1947年11月当時の写真(USA M649 17) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)     
ブログ内関連記事       

この記事の資料:「那須の太平洋戦争」


コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

栃木に行った話・2 [■旅行記]

(2011年10月に行った話です)

無題5.png

5:15 起床。小雨が降ってる。

5:50 出発。

まずは「埼玉飛行場跡地」へ。

栃木県にあるのになぜか「埼玉飛行場」で、埼玉県民のオイラは非常に気になっていた場所でした。

6時台、まだ薄暗い小雨交じりの中、飛行場跡地にある小学校、清掃センター周辺でフラッシュを焚きつつウロウロ。

あ、あやしい。犬の散歩中のおばさんがこっち見てる。ジョギングしているおぢさんもこっち見てる。

犬が吠えている。

通報されないうちに次の「スカイフィールド ナス」へ。

ここは「だいたいこの辺り」ということしか分かっておらず、通じる道もなかなか見つからず、苦労しました。

案内板もないので、入れそうな道に取りあえず入ってみるのですが、道は狭く、轍は深く、

お腹すりそうで、慌ててバックで脱出。を何度か繰り返し、やっと見つけました。

ここはオイラの大好きな雰囲気の飛行場でした。

途中、ガストで朝食を済ませ、「男鹿高原駅前広場緊急ヘリポート」へ。

ここは北宇のピューマさんに教えてもらって初めて存在を知った場所です。

無人の広場にヘリポートが整備されていました。

次、「大田原飛行場跡地」へ。

ここは隣接するゴルフ場に有蓋掩体壕があるとのことで、頼めば見せてもらえるかしらん。

と思っていたのですが、受付で男性スタッフにお聞きしたら、「ここにはそういうものはないですねぇ」とにこやかに言われました。

ないの??

 

その後、

「湯津上飛行場跡地」、「御前原飛行場跡地」、「今市飛行場跡地」、「鬼怒川滑空場」、「宇都宮場外離着陸場」、「清原飛行場跡地」

を見学。本日はこれで終了。

明日の見学箇所に合わせて最寄りの道の駅へ移動。

17:30 「道の駅はが」到着。

明日の見学箇所を考えてここで車中泊することにしたのですが、ここは「ロマンの湯」というお風呂も併設していて便利でした。

この時間なら、食事もここの施設で済ませられるだろうと思っていたのですが、既に売店は真っ暗でした。

最寄りのコンビニで弁当を食べていたらFさんから電話。

Fさんは、オイラが旅行に出掛けると、まるで見張っているかのようなタイミングで電話をくれます。

1時間近く長電話。

その後風呂へ。

ゆっくり風呂に入り、車に戻りました。

ドアを開け放ち、涼みながら記録をつけたり、明日の予定を組んだり、ナビに明日の箇所を打ち込んだり。

すっかりやることがなくなってもまだ20:00。

それでもまどろんできたので、

20:10 寝る。

おやすみなさい。

(続きます)

 

本日の走行距離:260km

D20_0072.jpg

 

D20_0089.jpg

本日 栃木県内某所にて。


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

(福島と)栃木へ行った話・1 [├空港]

(2011年10月に行った時の話です)

 

今回はふくしまスカイパークの「ふくスカリンゴ祭り」にお邪魔するために出掛けたのでした。

「リンゴ祭り」については、既に記事をアップしておりますので、興味のある方はご覧くださいませ    

5:10 自宅出発。

途中、某知人宅を探して福島飯坂IC近くをウロウロ。

伝えられていた住所で向かうと、そこには4棟の長屋が。

2軒には表札があり、この2軒ではないことが確定。

残りの2軒のベルを押すと、1軒は不在。

もう1軒で応対に出てこられたのは年配の女性。

「避難のためここに越して来たばかりなので、表札の出ていないお宅の名前は分からない」とのことでした。

リンゴ祭りが終わってからまた来てみよう。

 

9:50 ふくスカ到着。

てっきりガラガラだと思っていたのに、すごい賑わい。

駐車場に車を止め会場に向かうと、「ふくしま会議2011 運営委員会」のアンケート用紙が渡されました。

【ご質問は福島県の復興ビジョンに関しての質問です】

とあり、

・福島県の復興ビジョンに脱原発依存が書かれたことを知っていましたか。
 →はい/いいえ

・今後の再生可能エネルギーの必要について
 →原発代替として強く推進/必要に応じて推進/推進の必要なし

・ビジョンでは再生可能エネルギーによる福島復興を書いていますが、その経営母体はどのような仕組みが望ましいと思いますか。
 →大資本企業体(現在の電力会社のような)/行政による企業体(公社・行政の外郭団体)/地域住民の小口出資の共同体/その他

となっていました。

アンケートに答えるとクッキーがもらえました。

カンクリさんに教えてもらった通り、最後の室谷さんのフライト終了と同時に速攻で会場を後に。

おかげで渋滞なしにICへ。

再び福島飯坂IC近くに戻って家探し。

表札無しでお留守だった残りの1軒のベルを押すと、年配の女性が出てきました。

知人の名前を伝え、探していることを伝えましたが、「そんな名前は聞いたことがない」とのことでした。

むむむ、手掛かりがなくなってしまった。まあよい。

 

その後ふくスカから少し離れた某図書館へ。

実は福島県内の飛行場と跡地は、前回の東北旅行の際、「梁川場外離着陸場」にお邪魔して、

オイラが場所を知っている所はこれで全てお邪魔することができたのですが、

福島県には建設候補地も含めて、ネットでどんなに検索しても不明の飛行場跡地が7ヵ所あり、

場所の手掛かりを得るために地元の図書館に向かったのでした。

辿り着いたのは小さくて家庭的な図書館でした。

郷土資料コーナーを探し、司書さんにも確認したのですが、この町の町史の肝心な巻が抜けていることが判明。

オイラが調べたいのは昭和の町史なのですが、丁度その部分がなかったのです。

更に郷土史コーナーに地元飛行場関連の史料は見つかりませんでした。

 

結局何一つ情報は得られなかったのですが、「地元図書館に資料無し」とハッキリしただけでも意味があります。

市立、県立図書館に行くと、地元にはなかった町史がずらりと揃っていることもままあるので、

それに期待して次に郡山市の中央図書館へ。

ここは以前一度来たことがあるのですが、かなり大きな図書館です。

(もしかしたらここでさっきの町史が見つかるかも)などと期待しながら向かったのですが、

なぜか図書館は真っ暗。

「土曜日の18時なのに???」と不思議に思いながら駐車場に入ってみたのですが、やっぱり閉館しています。

後日ネットで調べたら、

「地震被害のため、当面の間、臨時休館とさせていただきます。(復旧工事後の平成24年3月開館を予定しております。) 」

とのことでした。

もう今から福島県内の他の図書館に移動しても調べる時間が取れないので、福島県の図書館調べはこれで終了。

 

自宅に戻りつつ、明日から2日間栃木県内の飛行場/跡地を見学する予定だったので、国道4号で南下。

福島と栃木の県境近くにある道の駅に向かいました。

福島県内を走ると、店は普通に営業してるし、お客さんで賑わってるし、

夕方の市中心部の国道は渋滞してるし、なんだか拍子抜けするほど何事も無かったかのように見えます。

前回東北を回った時も、意識して地元のラジオを聞くようにしていて、

今回も福島県内ではずっと地元ラジオを聞いてました。

つくづく感じたのは、関東と東北の温度差です。

オイラの自宅から直線距離でたったの140kmで福島県。

その福島県内では、ラジオで「各地の環境放射線量」というコーナーがあって、

日に数度たくさんの箇所の数値が読み上げられていました。

夕食で郡山市内のガストに立ち寄れば、若いお母さんたちが騒ぐ子供たちそっちのけで

除染について喋りっぱなし。

店内には数組の子供連れがいたのですが、子供たちがやけに騒々しい気がしました。

オイラこういうのは非常に苦手なのですが、ふと、(もしかしてストレスなのかも)と思うともう腹も立たない。

そういえばふくスカでも子供たちのテンションがやけに高く感じました。

 

僅かばかりのことですが、こうやって現地の空気に触れ、ラジオを聴くと、

政府や東電の動きに鋭い関心を払い、現状をどうにかしたい、どうにかして欲しいという強い気持ちを

ひしひしと感じます。

オイラのようなよそ者が津波や地震による直接的な被害を受けた現場にわざわざ赴くのでない限り、

それ以外の場所では被災三県でも表面的には一見何事も無いように見えてしまうのですが、

それでも、建物も道路も特に被害を受けていない場所でよくよく見ていると、あちこちに被災の暗い影が。

そういう様子を目の当たりにし、それから改めて政府や東電の対応を見ると、なんとももどかしいギャップを感じます。

一介の小市民のオイラには、東電にどの程度の割合の責任があるのか分かりません。

それでも、東電の被災者に対する賠償のやり方、役員報酬の話など見るにつけ、

地元の方が被曝という現実問題を抱えながら、それでもなんとか前を向こうと日々を送っているのに、

東電は自己保身の方に主な関心がいっているように見え、「…ズレてるなぁ」と思ってしまいます。

 

20:50 「道の駅・那須高原友愛の森」到着。

非常に広々とした道の駅でした。

施設建物の裏側で自転車を止め、寝袋で寝ている人がいました。

そしてトイレ前で明け方までたむろして騒いでる若者たちも。

 

本日の走行距離:466km

おやすみなさい。

(続きます)


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

蕃昌飛行場跡地 [├空港]

  2011年10月 訪問 

無題2.png

前記事の「関宿滑空場」の南東約4.7kmに「千葉県‎野田市‎七光台(ななこうだい)‎」にあった「蕃昌(ばんしょう)飛行場」。

2015/6/16追記:ここはずっと名称不明のため、仮に「七光台の飛行場」としていたのですが、再生おじさんから飛行場名等情報頂き、記事修正致しました。詳しくはコメント欄をご覧くださいませ。再生おじさんありがとうございましたm(_ _)m

1947年当時の写真(下記リンク参照)を見ると、ここに滑走路が写っています。

上図は1947年当時の写真の通りに線を引いてみたのですが、写真の一部がぼやけており、

おおよそこんな位置だと思う。という程度のものです。ご了承くださいませ。

これで長さはちょうど1,000m。

周辺は大型店舗、住宅密集地で、一部昔ながらの広い区画が残っていました。

滑走路の地割は残っていないようです。

 

D20_0337.jpg

・A地点。

七光台小学校の角から。多分こんな風に滑走路が伸びていたと思います

 

蕃昌飛行場:map   


      千葉県・蕃昌飛行場跡地     
未確認ですが、「滑空練習場として建設中に終戦」という情報があります

蕃昌飛行場 データ
空港種別:陸上飛行場
所在地:千葉県‎野田市‎七光台‎
座 標:N35°58′51″E139°51′02″
滑走路:1,000m?
磁方位:12/30
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1943年 着工
1945年 未完のまま終戦

関連サイト: 
国土地理院 1947年9月当時の写真(USA M452 15) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)     
ブログ内関連記事       


コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

関宿滑空場 [├空港]

  2011年10月 訪問 

D20_0324.jpg

千葉県‎野田市‎にある「関宿滑空場」。

前記事の「宝珠花滑空場」からわずか1.5km程南にあります。

同じ江戸川河川敷を使用しているのですが、向こうは埼玉県。こちらは対岸の千葉県にあります。

一応「川のあっち側こっち側」になっているのですが、2つの滑走路の間で川が蛇行しており、ちょっと位置関係がつかみにくいです。

土手から川に向かってA,B,C,D,E と5本も平行滑走路があります。

 

D20_0330.jpg

 

関宿滑空場:map   


      千葉県・関宿滑空場      

関宿滑空場 データ
河川占用者:(財)日本航空協会
管理者:特定非営利活動法人 関宿滑空場
空港種別:滑空場
所在地:千葉県‎野田市‎平井‎地先 江戸川左岸河川敷
標 点:N36°00′53″E139°49′10″
標 高:8.6m
面 積:22.065ha
着陸帯:1,500m×100m
磁方位:18/36
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

航空管制周波数
・飛行場アドバイザリー
 セキヤドフライトサービス 130.65

沿革
1970年 運用開始

関連サイト:
NPO法人 関宿滑空場    
ブログ内関連記事       


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

宝珠花滑空場 [├空港]

  2011年10月 訪問 

D20_0319.jpg

埼玉県春日部市 江戸川河川敷にある「宝珠花滑空場」。

昭和5年創部という非常に歴史のある「明治大学体育会航空部」の滑空場です。

ご覧の通りで千葉県との境になっております。 

公式サイトを拝見すると、磁方位が12/33になっているのですが、

これは通常はあり得ないことで、数字上の矛盾が生じているのですが、

滑走路が湾曲しているためこうなっているのだと思います。

グーグルアースで確認しましたが、確かにおおよそ12/33になってました。

上の写真でも、奥に行くに従って左側にぐーっと曲がっているのがなんとなく分かりますでしょうか。

 

 D20_0313.jpg

 

宝珠花滑空場:map   


      埼玉県・宝珠花滑空場      

宝珠花滑空場 データ

設置管理者:明治大学体育会航空部
空港種別:滑空場
所在地:埼玉県春日部市西宝珠花地先 江戸川右岸河川敷
標 点:N36°02′04″E139°48′07″
標 高:9m
面 積:6.0ha
滑走路:1,000m×60m
磁方位:12/33
航空管制周波数  26.342MHz

沿革
1930年 創部

関連サイト:
明治大学体育会航空部    
ブログ内関連記事       


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

古河航空機乗員養成所(岡郷/小堤/関戸の飛行場)跡地 [├空港]

  2011年10月 訪問 

D20_0310.jpg

茨城県‎古河市‎にあった「古河航空機乗員養成所」。

東北本線古河駅の西北西約4kmにありました。

逓信省の陸軍系養成所で、後に 「宇都宮陸軍飛行学校古河分校」が併設されました。

現在跡地は方形の工業団地になっており、真ん中に「丘里公園」があります。

上の写真はその公園です。

現在も跡地南側に地名が残っていますが、旧岡郷村小堤地区、関戸地区にあったため、「岡郷の飛行場」、「小堤の飛行場」、「関戸飛行場」とも呼ばれていたそうです。

 

古河航空機乗員養成所:map   


      茨城県・古河航空機乗員養成所(岡郷/小堤/関戸の飛行場)跡地      

古河航空機乗員養成所 データ

設置管理者:旧逓信省
空港種別:陸上飛行場
所在地:茨城県‎古河市‎丘里‎
座 標:N36°11′55″E139°45′20″
着陸帯:1,000m×1,000m
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1944年04月 宇都宮陸軍飛行学校古河分校併設
1945年08月 終戦により閉校

関連サイト: 
国土地理院 1941年5月当時の写真(C65-C2-1)(真ん中下の方に写ってます。現役当時の写真!)  
(■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   
ブログ内関連記事       


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

下館飛行場跡地 [├空港]

  2011年10月 訪問 

無題1.png

茨城県‎筑西市‎にあった旧陸軍の「下館飛行場」。

前記事の「関城ULP飛行場」の東北東約4kmにあります。

1946年の写真(下記リンク参照)を見ると、上図のAB両地点沿いの道路が滑走路なのだと思います。

 

D20_0303.jpg

・A地点にある標識。

滑走路方向に立っています。

この標識と道路を含めた写真を撮ったのですが、某政治家の宣伝ポスターがどうしても一杯に入ってしまうため没に。

 

D20_0306.jpg

同じくA地点。

恐らくこれが滑走路跡だと思うのですが。。。

 

D20_0299.jpg

・B地点。

都市センター敷地内裏手に靖空神社があり、目立たない所に碑があります。

拓魂(全文) 拓者記念碑 此の土地は支那事変及大東亜戦争中旧陸軍宇都宮飛行学校下館分教場跡地である 私達は戦後食糧増産の為め昭和二十一年二月 政府より開拓者とし開拓を初め幾多の困難を克服し戦後の食糧難を克服し現在の美田となった 中山喜八郎 昭和五十八年四月二十九日建

 

下館飛行場:map   


      茨城県・下館飛行場跡地     
当地区は今でも地元の方から「飛行場」と呼ばれているのだそうです

下館飛行場 データ
設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:茨城県‎筑西市‎藤ケ谷‎
座 標:N36°15′47″E139°57′00″
滑走路:1,600m×80m
磁方位:17/35
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1938年 05月 陸軍、村長に買収予定地内示。地主との買収契約
1939年 飛行学校の第六分教場として建設される
1944年 秋 迎撃基地となる。その後特攻隊出撃基地に
       終戦後は入植者の農地となる

関連サイト:
Wiki/下館飛行場   
国土地理院 1946年6月当時の写真(USA M159-A-5 85) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)     
ブログ内関連記事       


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

関城ULP飛行場 [├空港]

  2011年10月 訪問 

D20_0293.jpg

茨城県‎筑西市‎ 鬼怒川の河川敷にある「関城ULP飛行場」。

前記事の「下館ULP飛行場」の南約1.5kmにあります。

 

関城ULP飛行場:map  


      茨城県・関城ULP飛行場飛行場      

関城ULP飛行場 データ

空港種別:場外離着陸場
所在地:茨城県‎筑西市‎船玉‎ 鬼怒川左岸河川敷
座 標:N36°16′16″E139°54′20″
滑走路:220m?
磁方位:17/35
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

関連サイト:
ブログ内関連記事       


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

下館ULP飛行場 [├空港]

  2011年10月 訪問 

D20_0288.jpg

茨城県‎筑西市内を流れる鬼怒川河川敷ある‎「下館ULP飛行場」。

ちょうど休日にお邪魔したのですが、何機も集まってました。

 

下館ULP飛行場:map   


      茨城県・下館ULP飛行場     
すぐ西側(土手の外側)に結城ヘリポートがあります

下館ULP飛行場 データ
空港種別:場外離着陸場
所在地:茨城県‎筑西市‎女方‎ 鬼怒川右岸河川敷
座 標:N36°17′06″E139°54′25″
滑走路:390m?
磁方位:18/36
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

関連サイト:
ブログ内関連記事       


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー