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海軍航空隊玄界基地跡地 [├空港]

 2011年5月訪問、最終更新日:2017/6/18  


無題8.png
1947年4月当時の写真(USA M271 58)
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


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福岡県糸島市の船越湾に沿って漁村があり、かつてここに「海軍航空隊玄界基地」がありました。

下の碑文にありますが、「本土決戦に備えた最大の海軍秘匿航空基地」だったのだそうです。

現地には碑、展示物等が整備されており、説明版がありました。

「玄界基地記念碑の説明」(全文)
第六三四海軍航空隊は本部を船越に置き、船越湾を水上飛行機の離着水路とし、本部周辺及び久家・香月の両地区に主要施設を配置すると共に、集落の民家、お寺等の施設を付帯設備並びに宿舎として玄界基地が開設された。また、対岸の松末、引津湾岸の岐志・新町から小学校、東貝塚更に小富士海軍航空隊に弾薬庫を置くなど、広い範囲に及んだ。沖縄航空戦が始まり、昭和20年4月6日から始まった菊水作戦には、この玄界基地から第六三四海軍航空隊の水上爆撃機瑞雲隊が沖縄周辺の敵艦船夜間攻撃を実施して、第五航空艦隊の作戦を支え、並行して零式水上偵察機が索敵哨戒の厳戒態勢をとっていた。沖縄の我が地上軍の組織的抵抗が衰え、敵が我が本土に迫るため「決号作戦」の準備が急がれていた。海軍総隊は、下令により零式水偵40機を第六三四海軍航空隊に配備し、水偵雷撃隊を編成させ、本土決戦には、水爆瑞雲隊との二隊の攻撃部隊をもって玄界基地からの突撃態勢をとった。昭和20年8月15日に終戦となり、戦闘部隊は解散となった。ここに、約60年の歳月を経て、玄界基地の存在が明らかとなり、地元三集落の有志が発起人となり、第六三四海軍航空隊の終焉基地であると共に、我が郷土の歴史を忠実に後世に伝える証とし、平和の尊さを語り継ぐ象徴として記念碑の建立を計画、地元中心に呼びかけてご賛同を得ると共に、広く玄界基地在隊者を始め、海軍関係者及び一般賛同者による全国からの浄財を得て、ここに完成の運びとなった。平成15年8月 海軍航空隊玄界基地記念碑建立発起人会

場所が場所だけに終戦直前まで非常に生々しい動きがあったのですね。

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説明板より:海軍レール
昭和20年 玄界基地で使用したレール 全長5メートル 水上飛行機の陸上格納に使用したレール。
「レール式陸揚装置」と呼び、基地全体で5線設置した。なお、陸揚装置は、ほかに「板敷式陸揚装置」4線を設置した。

「九州の戦争遺跡」に当基地について次のように記されていました。

当基地は、零式水上偵察機・瑞雲水上爆撃機合わせて107機、兵員は981名に及ぶ国内最大の

水上機による特攻機地でした。

ここで訓練を受けた水上機は鹿児島県桜島基地、奄美大島古仁屋基地経由で沖縄戦に出撃し、

搭載した魚雷で特攻を行い、20機37名が戦死しました。

その後も水上機による特攻が行われる計画でしたが、終戦により基地は閉鎖、兵員は全員帰郷しました。

元隊員の証言によれば、ここが基地に選ばれた理由は、水上機の離着水の際、風や波の影響を受けにくい水面であること、

水上機や物資の陸揚げの際、干潟にならない砂浜であること、「秘匿」の名の通り、水上機を隠す松林や山裾があること、

民家を宿舎や施設に使用できる規模の集落があること、輸送上鉄道の駅からあまり遠くないということがあったのだそうです。

基地設置とともに、船越集落と隣の久家集落の民家・旅館・寺院などを士官、兵員などの宿舎、事務所として借り、

その他両集落の神社境内には天幕を設置し、兵員の宿舎や物資の保管、整備場などに使用しました。

この基地は隊門はなく出入り自由で、また住民と兵員の交流も盛んだったのだそうです。

基地の痕跡として久家の老松神社境内北側には、

基地の烹炊所として使用されたレンガ造りのかまど跡が残っているのだそうです。


      福岡県・海軍航空隊玄界基地跡地      

海軍航空隊玄界基地 データ

設置管理者:旧海軍
空港種別:水上飛行場
所在地:福岡県‎糸島市‎志摩久家‎
座 標:N33°33′22″E130°07′41″
(座標はグーグルアースから)

沿革
1945年03月 開設
      08月 解隊

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この記事の資料:
「九州の戦争遺跡」 


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コメント 6

me-co

どうも気になります・・・
最大の秘密基地
でかいほどばれるんじゃないの?<戦艦大和のようにでかくて標的にされ易かった!
どーも背反するような気がしてなりませぬ(-〆-)
by me-co (2011-08-26 13:42) 

Takashi

菊水作戦を調べてみましたが「桜花」が使われていたみたいですね。
入間基地の記念館で見た事があります。
やはり九州ですと、特攻関係の基地が多くなるんでしょうか。
by Takashi (2011-08-26 18:39) 

tooshiba

博多湾から始まって、本土防衛ラインとして?施設が多数作られたことが分かりますね。
今こそ、西からの攻撃に備えるべきときかもしれませんが。爆(あるいは北からも?爆爆)

一つ前の記事を改めて読ませていただきました。
鉄もそういう傾向大なんですが、一方的な語りモード。相手にとって迷惑である場合も少なくないでしょうね。
自分の場合には、たとえ同業者でも「初対面で語りうぜー」って思いますもん。(コミュ障って呼んでくれてよくってよ☆)

となると、免疫のない非鉄からしたら、「お前空気読め→いい加減にしろ!(#゚Д゚)ゴルァ!!」ってなるのは、ある意味必然だと思います。
鉄の場合は、見た目や行動パターンに問題がある場合も少なくないのが、残念ながら一部の人については当てはまります。(私とて、行動こそ注意しているものの、他人から理解を得られていない危険性は極めて高く、また外見の残念ぶりは人後に落ちません!きりっ)
しかし、他のジャンルでヲタであることが恋とか対人関係のネック(障害)になるとしたら、その辺りのコミニュケーション能力の“欠如”が大きな要素ではないかなと思います。

兄さんが種々雑多な人とコミニュケーションするのは、お仕事柄得意かもしれませんが、それでも大変だと思います。
負けずにめげずに、頑張って下さい。(`・ω・´)シャキーン
by tooshiba (2011-08-27 00:00) 

鹿児島のこういち

ここの碑文の裏側も写真で見たかったなぁ(^O^)水爆瑞雲の説明図が書いてあったんじゃないんですかぁ(^O^)(^O^)他のブログに貼ってあったんですよぉ(^O^)とりさんのブログでも見たかったぁf^_^;
あと、レールも「二丈・松末に水上飛行機を陸揚げする台車のレール跡がある」と浜の砂、砂利をどけるとサビの入ったレールがぁw(゚o゚)w

今度、福岡に遊び行く時は、僕もここを探検してきますぅ(^0^)/なんだかワクワクしますよねo(^-^)o
by 鹿児島のこういち (2011-08-27 18:11) 

miffy

この辺仕事では行ったことあるのですが、基地があったのって知りませんでした。
今度機会があったら行ってみます。
by miffy (2011-08-27 20:40) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■me-coさん
まあ確かにそうですね。^^;
通常の飛行場と異なり滑走路がないだけマシなんじゃないでしょうか。

■Takashiさん
>菊水作戦
それは知りませんでした。リニューアルしても残るでしょうか。
>特攻関係の基地
本州には本土決戦に備えた特攻基地が多数ありますけど、
「実際にここから特攻機が最終出撃した」という基地はやっぱり九州なんでしょうね。

■tooshibaさん
思い当たるフシが多すぎます^^; 頂いたコメントは特定の趣味に限らず普遍的なことですよね。
tooshibaさんみたいに客観的に自分を見る目を持つ人ばかりだといいんですけどね。
オイラも気をつけようと思いました。

■鹿児島のこういちさん
零式と瑞雲、二種の水偵が図付きで書かれてました。
一応写真撮ったんですが、映りがイマイチなのと、ブログ容量節約の為に割愛しました^^;
鹿児島のこういちさんが行かれた時のお楽しみということで^^;

■miffyさん
機会がありましたら是非。
いろいろ残ってました^^
by とり (2011-08-28 06:14) 

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