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御前原飛行場跡地 [├空港]

  2011年12月 訪問 

無題1.png

栃木県‎矢板市の「御前原(ごぜんはら)飛行場」。

同じ栃木県‎の大田原市‎にあった「金丸原陸軍飛行場」を分散する際、

「埼玉飛行場」の他に候補となったのがこの「御前原飛行場」なのだそうです。

上図のオレンジ線は例によって滑走路の位置なのですが、

これは既出の資料に出てくる一般的な滑走路位置とは異なるオイラの仮説です。

どういうことなのか以下その理由を。

 

確認できる資料によれば当滑走路の長さは1,200mであり、この飛行場の位置について、

「矢板東高校(A地点)と御前原城跡(B地点)の間にあった」、「御前原城跡北側にあった」と記されています。

ですから資料の通りに線を引くとすると、上の図の高校とシャープの工場の間に滑走路があったはず。

AB両地点の間は約1,200mで、オイラも最初はここに滑走路があったのだと思ったのですが、

調べていくうちに幾つか疑問点が出てきました。

・終戦から2年後の写真(下記リンク参照)でこの位置を見ると、滑走路跡の形跡は全くなく、人工的なかなり濃い地割が幾つも見られる

・B地点の主郭部跡の周囲には、掘と土塁が現存しており、堀底と土塁頂部との比高は約4.22~4.68mもある

 

D20_0011.jpg

 

D20_0012.jpg

こんな感じで土塁と掘で凸凹しています。

こちら側に向かっての離陸だと壁に向かっての離陸になる訳で、離陸中断時に突っ込んでしまうとタダでは済みませんし、

こちら側に向かっての着陸も同様です。

こちらからの着陸進入も、滑走路端に数メートルの凹凸があるわけで、ちょっと怖そうです。

如何に戦時中とはいえ、わざわざここに滑走路を建設するというのはオイラには考えにくいです。

一方、当時の航空写真を見ると、城跡のすぐ西側に幅約65mで南に伸びる白いものが見えます。

この白い影に向かって1,200mの線を引っ張ったのが一番最初の図です。

 

D20_0013.jpg

・C地点

現地の図書館には2度お邪魔していろいろ調べてみたのですが、

滑走路位置を特定できるような資料を(少なくともオイラは)見つけることが出来ませんでした。

ということで、冒頭の滑走路位置はあくまでオイラの推測でしかないのでご承知ください。

「矢板東高校(A地点)と御前原城跡(B地点)の間にあった」、「御前原城跡北側にあった」という資料には、

その根拠が示されていません。

どなたか正確な位置情報をお持ちの方、情報の根拠と共に教えて頂けるととても嬉しいです。

 

御前原飛行場:map   


      栃木県・御前原飛行場跡地      

御前原飛行場 データ

設置管理者:旧陸軍
空港種別:秘匿飛行場
所在地:栃木県‎矢板市‎東町‎
座 標:N36°47′33″E139°56′26″
滑走路:1,200m
磁方位:16/34
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1944年秋  原野の伐採、整地などを開始。未完のまま終戦

関連サイト:
国土地理院 1947年11月当時の写真(USA M649 99) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)     

この記事の資料:
城跡にあったパンフレット、説明版
「ふるさと矢板のあゆみ」


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コメント 8

鹿児島のこういち

なるほど、現地を調査されるだけあって、確認をかかさないですね(^o^)
自分だったら、現場確認せずにお書物に「ここだっ!」って書かれていたら、間違いなく信じちゃうでしょう。
現場の確認は大事ですね。
by 鹿児島のこういち (2012-04-09 11:30) 

Takashi

現地現物ですね。行ってみないとわからない事が多々あります。
昔の上司によく言われました(笑)
by Takashi (2012-04-09 12:37) 

ジョルノ飛曹長

確かにここが滑走路っぽいですね。^^
不自然な隆起が興味深いですね。^^
by ジョルノ飛曹長 (2012-04-09 12:41) 

an-kazu

すみません、御前原城跡の方に興味が(^^ゞ
by an-kazu (2012-04-09 23:12) 

me-co

@@!にゃにゃにゃ!
なんと!ここは・・・通勤のため1年間行ったり来たりした場所ですよっ!
然るに・・・09人は壊した掘割跡を元に戻すなんて粋なことをしませんから、とりさん説で正解かと思います。=城跡を避けて造成したに違いないです。
by me-co (2012-04-10 00:13) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。m(_ _)m

■鹿児島のこういちさん
戦時中の飛行場跡地は資料が非常に限られていることが多くて、
1つの情報を鵜呑みにせざるを得ないことが多いんですけどね。
今回はたまたまです。

■Takashiさん
>現地現物
確かにその通りですね。
行って初めて分かることは多いです。

■ジョルノ飛曹長さん
オイラもここじゃないかと思うのですが。。。
どうなんでしょうか??

■an-kazuさん
でしょうね~(o ̄∇ ̄o)
掘りが残ってていい感じでした。

■me-coさん
おお、そんな思い出の場所でしたか!(@Д@)
オイラの説が間違いでもいいんです。
この記事がきっかけでだれかが正確な位置を教えてくれればめっけものだと思ってます。
by とり (2012-04-10 06:00) 

再生おじさん

とりさん。こんにちは。

昨日、とりさんの記事を参考に現地へ行って来ました。
滑走路があった場所は、とりさんの地図で合っていると思います。
(アーカイブ写真とニラメッコしていて感じたのですが・・・
もとからあった道路の上に滑走路を造ったのではないかと思います。)

by 再生おじさん (2012-10-08 17:32) 

とり

■再生おじさん
コメントありがとうございましたm(_ _)m
貴サイトにもコメントさせて頂きましたが、
オイラよりもうんと詳しく調べておられますね~。
by とり (2012-10-09 20:54) 

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