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嘉手納(中、屋良)飛行場 [├空港]

  2012年1月 訪問 

D20_0159.jpg

沖縄県中頭郡嘉手納町・沖縄市・中頭郡北谷町にある「嘉手納飛行場」。極東における米軍の最重要基地です。

元々は旧日本陸軍の中(屋良)飛行場として建設され、占領した米軍により拡張され今日に至ります。

沖縄には4レターコードのつく米軍の飛行場が当嘉手納以外にも3つ(伊江島補助・読谷補助・普天間)あるのですが、

嘉手納飛行場には3レターコードもついています。

上の写真は基地北側にある「道の駅かでな」の4F展望場から撮りました。

以下、同展望場から。

 

D20_0162.jpg

 

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D20_0168.jpg

 

嘉手納(中、屋良)飛行場:map  


      沖縄県・嘉手納(中、屋良)飛行場     
嘉手納基地はアラスカからフィリピンまでの空域をカバーするとされており、米国本土や他の在日米軍基地から年間延べ18,000機が飛来し、そのうち40~50機の外来機は常駐化しているとされています(道の駅かでな学習展示室より)。スペースシャトルの緊急着陸地としても指定されていました

嘉手納(中、屋良)飛行場 データ
設置管理者:旧日本陸軍→米空軍
3レター:DNA
4レター:RODN
空港種別:陸上飛行場
所在地:沖縄県中頭郡嘉手納町・沖縄市・中頭郡北谷町
座 標:N26°21′06″E127°46′10″
標 高:44m
面 積:1,997ha
滑走路:05L/23R 3,688m×91m
      05R/23L 3,688m×61m    

沿革
1944年     旧日本陸軍航空本部が北飛行場(現在の読谷補助飛行場)に引き続き建設を開始
1945年03月 旧日本陸軍中(屋良)飛行場完成。読谷飛行場の補助飛行場とされる。 1,500mx1本
   同月30日 32軍破壊命令
      04月 沖縄本島に上陸したアメリカ海兵隊に直ちに占領され、本土攻略のための前進基地として整備拡張が行われる
      06月 2,250mの嘉手納飛行場完成。B-26やB-29等大型爆撃機の主力基地、米軍航空基地の中枢となる
  09月07日 日本軍、嘉手納で無条件降伏文書に調印
1947年03月 この頃基地が整備拡張される
1954年02月 嘉手納飛行場を使用して日本航空が東京-沖縄線(週2往復)開業。後に那覇空港に移管
1955年09月 嘉手納村で米兵が幼女を暴行、殺害
1962年12月 米空軍輸送機、嘉手納村屋良に墜落。日本人2人死亡、8人重軽傷、住宅3棟全焼
1965年07月 嘉手納に飛来していたB52、南ベトナムを爆撃
1966年05月 KC-135空中給油機がコザ市と嘉手納村との境界に墜落、村民1人死亡
1967年05月 3,689mの滑走路2本完成
  05~11月 屋良区の井戸が基地から漏れた排油で汚染
1968年02月 嘉手納村議会、基地撤去要求決議を採択
          台風避難を理由に飛来したB52部隊が常駐
      11月 B-52爆撃機墜落爆発。村民の重軽傷者16人、校舎・住宅等に被害。同機の撤去運動が一層高まる
1970年     B-52をグアムのアンダーセン空軍基地へ移管
1972年05月 KC-135空中給油機、コザ市と嘉手納村との境界に墜落。村民1人死亡
      07月 基地配備の超音速高度戦略偵察機SR71、1機が着陸に失敗し炎上
1976年01月 嘉手納村、町制に移行
      05月 基地から住民地域にジェット燃料が流出
1981年03月 F-15イーグル戦闘機の配備完了
1982年02月 基地周辺6市町村住民が国を提訴
      11月 基地から屋良小学校付近の排水溝にディーゼル燃料流出
1987年05月 基地所属F-15戦闘機1機が沖縄本島東海上に墜落
1987年12月 ソ連のTu-16バジャー偵察機が嘉手納基地上空を飛行。スクランブルした航空自衛隊機が警告射撃。
1994年04月 弾薬庫に基地所属のF-15戦闘機が墜落し爆発
1995年10月 基地所属のF-15戦闘機、喜屋武岬沖で墜落
1996年10月 弾薬庫でミサイルがトレーラーから落下
1999年06月 ハリアー1機が離陸に失敗し墜落、炎上
1999年12月 遮音壁(長さ2.3km 高さ5m)完成
2002年08月 基地所属F-15戦闘機が基地南方海上に墜落
2004年12月 弾薬庫地区から赤い煙が嘉手納高校に流れ込み充満
2006年03月 F-15戦闘機から訓練用照明弾1個が住民居住地に落下
2007年02月 F-22ラプター12機がラングレー空軍基地から派遣(5月10日に撤収)。(初の国外配備)
2007年05月 大量のジェット燃料流出

関連サイト:
国土地理院 
1944年9月当時の写真(USAokinawa MR7.RV468BG 28) (旧日本陸軍航空隊の中(屋良)飛行場として建設中のもの)
1946年2月当時の写真(USAokinawa M45 50) (米軍嘉手納飛行場として完成後のもの)
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コメント 4

Takashi

格納庫の形が、なんかカッコイイです。アメリカ式なのかな。
事故や事件が多いですよね。沿革を読んでいて思いました。
by Takashi (2012-04-27 23:07) 

an-kazu

高い壁だ!
by an-kazu (2012-04-28 20:58) 

鹿児島のこういち

嘉手納と言えば、イーグルってイメージが自分はあったのですが、なるほどこんなにいろんな事があったのですね。
by 鹿児島のこういち (2012-04-29 02:00) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。m(_ _)m

■Takashiさん
格納庫、独特ですよね。一体どうやって開け閉めするんでしょうか??
事件、事故の多さは地元の方にとっては切実なんでしょうね~。

■an-kazuさん
言われてみれば確かにすんごい高さですね!(@Д@)

■鹿児島のこういちさん
そんなイメージが出来てしまう程なんですね~。
by とり (2012-04-29 05:27) 

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