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木津川(大阪)飛行場跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

無題.png

大阪湾にある船町。巨大な製鉄工場があり、敷地に沿って極太の配管が束になって延々続いています。

非日常の光景です。その筋のマニアがいるのも分かる気がしました。

かつてここに「木津川飛行場」がありました。

 

D20_0150.jpg

飛行場跡地の一角に顕彰碑が設置されています。

右の説明板より:木津川飛行場(全文)わが国の近代航空技術は大正七年(一九一八)ごろから急速に開発が進み、あわせて飛行場も必要になってきました。大正一一年からは空の定期貨物輸送も始まり、大阪から東京、徳島、高松、別府などへの路線が次々と開設されましたが、当時はまだ木津川河口や堺の水上飛行場を利用していました。木津川河口に陸上飛行場が構想されたのは大正一二年ごろからです。昭和二年(一九二七)に着工し、昭和四年には未完成のまま東京・大阪・福岡間に一日一往復の定期旅客便が就航しました。しかし、市街地からの交通の便が悪く、地盤不良で雨天時の離着陸も困難であったため、昭和九年の八尾空港、一四年の伊丹空港完成により、その役割を終え、十四年には閉鎖されました。大阪市教育委員会

左の「木津川飛行場跡」の石杭側面には、「我が国最初期の本格的な民間飛行場である 昭和四年(一九二九)には東京-大阪-福岡を結ぶ定期旅客便の運航が開始され、近代大阪の玄関口として重要な役割をはたした」と彫られていました。

 

D20_0156.jpg

説明板より:昭和四年の木津川飛行場

 

D20_0159.jpg

顕彰碑すぐ後方にはこんなものが。ぐるぐる回って高度を稼いでから木津川を渡るようになってます。

カーナビ読みで900mもぐるぐる回りました。 (@Д@)

 

木津川飛行場:map  


      大阪府・木津川(大阪)飛行場跡地     
「民間飛行學校練習所其他」{航空年鑑昭和六年)の中で、「西田飛行機研究所(事務所:大阪市東區今橋三丁目三〇 飛行場:大阪市港區船町大阪飛行場 創立時は關西飛行協會:大阪市東淀川區三國本町)」として当飛行場が登場しています。アギラさんから情報頂きました。アギラさんありがとうございましたm(_ _)m

木津川飛行場 データ
空港種別:陸上/水上飛行場
所在地:大阪府‎大阪市‎大正区‎船町‎1丁目‎
座 標:N34°37′49″E135°27′31″
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1923年 木津川河口に陸上飛行場が構想される
1927年 着工
1929年 東京・大阪・福岡間に1 日1往復の定期旅客便が就航
1939年 閉鎖

関連サイト:
大阪飛行場(木津川)    
Wiki/木津川飛行場   
国土地理院 1929年測量の地図(図名:柴谷  図名(ひらがな):  リスト番号:o750)
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コメント 7

sak

ここに飛行場があったのですね
未完成のまま定期便を飛ばしたってすごいかも(^^;

by sak (2011-01-28 11:24) 

ジョルノ飛曹長

飛行艇の飛行場跡ですかね。(^-^)
by ジョルノ飛曹長 (2011-01-28 23:51) 

tooshiba

後の関空も海上空港なように、ウォーターフロントに設置したという観点は良かったかもしれません。
しかし、当時のこの辺りはうら寂しい海岸だったのではないでしょうか。それに、アクセスも大変だったでしょうし。
そもそも、基礎が固まっていないのに飛行機を飛ばしたのは、凄い“英断”ですよね。事故はなかったのでしょうか?
八尾と伊丹ができて、閉鎖になったのも頷けます。
by tooshiba (2011-01-29 02:42) 

masa

昔の写真があると当時の雰囲気がよくわかりますね。
by masa (2011-01-29 08:03) 

an-kazu

山梨県には山岳地故にループ橋が多いですが、
東京のレインボーブリッジのように、
港湾地区でも多く見られるようですね!
by an-kazu (2011-01-29 15:46) 

コスト

距離的には街中に近いんでしょうが、今の駅が近くにないし、
当時はもっとアクセス悪かったんでしょうね
市の教育委員会が顕彰碑とか作ってるんですね。
下の地図にぐるぐるまでちゃんと載ってるのに笑いました^^

by コスト (2011-01-29 16:05) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■sakさん
>未完成のまま
現在の感覚だとちょっと考えられないことですよね^^;
ご存じと思いますが、この橋は車用で、徒歩、自転車用の方用に無料の渡し船が出てるんですね。
動画→ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm8662819

■ジョルノ飛曹長さん
多分そういうことだと思います^^

■tooshibaさん
他国でも同様なのですが、定期便の黎明期はまだヒコーキの信頼性が低かったため、何かあったらすぐ着水できる水上機が多かったです。
なので飛行場用地はまず水辺ありきでした。やがてヒコーキの信頼性が増してくると、ご指摘の立地の悪さばかりが目立つようになりました。
閉鎖は必然だったのでしょうね。

■masaさん
そうですね。よくこんな貴重な写真がのこっていたものだと思います。
本当にこんな時代があったんだな~。というのがよく分かりますね。

■an-kazuさん
>ループ橋
すごく珍しいと思っていたのですが、あるところにはあるんですね。
レインボーブリッジ…言われてみればそうですね。

■コストさん
>顕彰碑
せめてこの位の規模であちこちに残っていてくれると嬉しいんですけどね~。
by とり (2011-01-30 09:16) 

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