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高知海軍第三(窪川/宮内)飛行場跡地 [├空港]

  2010年11月 訪問 

無題.jpg

現在の「高知龍馬空港」の南西約60キロの所にあった「高知海軍第三(窪川/宮内)飛行場」。

参考にさせて頂いた資料では、滑走路はもっとギザギザの形になっていました。

また位置もおおよそのものです。ご了承くださいませ。

上図の通り、飛行場のすぐ西側に並行して県道が走っているのですが、これは当時から変わっていません。

この道路が飛行場のあった宮内地区に通じる唯一の道で、当時は道路の南北に海軍の検問所が設けられ、

住民は通関札を提示しないと通行できなくなりました。

ここの滑走路は非常に変わっていて、田んぼに砂利を敷き、

その上に直径5cm、長さ2m位の樫の木の丸太棒をシュロ縄で編んでスダレ状にして滑走路にしました。

ヒコーキは「カラコロカラコロ」と音を立てて離陸したのだそうです。

「木製滑走路」というと、石川県の「相馬飛行場(田鶴牧場)」がありますが、

こちらは板材をきちんと固定していました。

こんな滑走路もあるんですね~ (@Д@)

高知基地残留の練習機「白菊」を最後の特攻機として使うため、当飛行場に隠ぺい保存していたのだそうです。

「高知空港史」中で当飛行場について記されていました。当第三飛行場に配属になったパイロットの手記も含めて書いてみます。

昭和20年6月25日沖縄特攻作戦が打ち切られ、残存の白菊機は鹿屋から高知海軍航空隊に引き揚げた。

沖縄戦が始まったころ、次には米軍の日本本土進攻が必至とみられた。陸海軍は沖縄に総力を結集する一方、本土決戦に備えなければならない。その一つに、特攻機を隠蔽待機させておく飛行場の建設があった。当高知第三飛行場もそれである。

1945年春から突貫工事で急増されたが、それには20万㎡の田んぼがつぶされたという。

上空から偵察しても牧場か草原に見えるように、空襲がありそうな時は、滑走路の上に草付きの土をばら撒いたり、鶏を飼っている農場に見せかけるため唐丸カゴをあちこちに伏せてカムフラージュし、飛行機の離着陸のときだけ、小丸太を並べた。山の横穴に格納庫があった。

7月に白菊20数機がここに移り、特攻隊員と整備員約150人は民家に分宿した。米軍機来襲の情報のないときは、特攻訓練飛行が行われた。

高知海軍航空隊では、残存の白菊をここに隠蔽し、本土決戦に待機させたが、2か月後に終戦を迎えました。

そのため当飛行場の残存機は全て日章の飛行場に戻しました。

特攻隊員は米軍に処刑されるのではないか、という噂も出て、速やかに解散しようということになりました。

17,18日頃と思うのですが、東北、関東、中部、近畿など同方向の者が計画的にグループを作って、残存の白菊を使って帰郷しました。

高知出身者で県外基地から飛行機を使って日章へ着陸したものもありました。

その飛行機もまた利用したわけです。 」と記されていました。

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 呉鎮守府航空基地現状表」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:窪川 建設ノ年:1945-7 飛行場 長x幅 米:1180x150砂利敷 主要機隊数:小型機 主任務:発進 隧道竝ニ地下施設:施設アルモ数量不明 掩体:施設アルモ数量不明

 

D20_0006.jpg

A地点から。

「谷間の隠し飛行場」という別名通りのロケーションでした。

周辺は四万十川の渓谷と点在する民家、田んぼ。

日本人なら、「田舎の風景」として必ずどこかで刷り込まれているであろう美しい景色が広がっていました。

 

高知海軍第三(窪川/宮内)飛行場:map   


      高知県・高知海軍第三(窪川/宮内)飛行場跡地      

高知海軍第三(窪川/宮内)飛行場 データ

設置管理者:旧海軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:高知県‎高岡郡‎四万十町‎宮内‎
座 標:N33°13′36″E133°07′46″
滑走路:1,180m×150m(防衛省資料より)
磁方位:02/20
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1945年 春着工
       07月10日 飛行場開設
       08月16日 終戦により、残存機は高知飛行場へ、一般隊員は現地解散
       飛行場は地元に払い下げ

関連サイト:国土地理院 1947年11月当時の写真(USA M652 19) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   


コメント(11)  トラックバック(0) 

コメント 11

セバスちゃん

こんにちは。
四万十川が近くて、とってもいい感じですね。
木製滑走路って、ハンドルがとられたりしないのでしょうか。
僕のちぃっちゃな車は、轍がとってもの苦手なんです。
次元が違いますよね<笑>
by セバスちゃん (2011-07-10 10:39) 

Takashi

田植えの時期とかに見たら、綺麗な田園風景が見れそうな場所ですね。
木製滑走路と聞いて板敷きかと思ったら、丸太だったんですね。離着陸に独特のテクが必要そうです。
by Takashi (2011-07-10 12:50) 

ひろ茶

第三者としてみると、「カラコロ」はかわいいとか、レトロとか
感じちゃいますが、当時のパイロットは気が気じゃなかったりしてw

by ひろ茶 (2011-07-10 17:48) 

鹿児島のこういち

カラコロ、カラコロ(^0^)/離陸するぶんには浮力がかかってくるわけだから、なんとかなるでしょうね(^O^)しかし、着陸となると降下荷重っていうのかな(?)と自重とかかるのでしょう?
丸太と丸太の間にちょうど主脚の車輪が降りたら、主脚が‘ボキッ’なんて折れたりしてv(`∀´v)
こんな滑走路もあるんですね~ (@Д@)
by 鹿児島のこういち (2011-07-10 18:07) 

miffy

四万十川の近くにも飛行場があったのですね。
丸太で出来た滑走路ってスゴイΣ(゚Д゚;エーッ!
見てみたかったですね〜
by miffy (2011-07-10 21:19) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■セバスちゃんさん こんにちは。
ここに離着陸した方の手記などあればよかったのですが、
実際のところはわかりません。
でもいろいろ心配になりますね。
>轍
セバスちゃんさんの車だと特にそうでしょうね~。
高速道路でトラックの轍が出来てたりすると怖いですよね。

■Takashiさん
刈り入れ後の時期だったのですがすごくキレイな場所だったので、
田植えの頃よさそうですね~。
丸太の滑走路ならではのテク、きっとあったんでしょうね。

■ひろ茶さん
>第三者としてみると
確かに牧歌的な感じがします。
パイロットにとってはどんなだったんでしょうね~。

■鹿児島のこういちさん
艦載機のような沈下率で降りたら大変なことになりそうな気がしますね。
努めてふわっと降りたんじゃないかと予想します。
オイラもこんな滑走路があるのかとビックリでした。

■miffyさん
オイラもこんな滑走路があるのかとビックリでした。
見てみたかったです。
by とり (2011-07-11 05:42) 

コスト

電話で聞いた窪川のほうというのはこれでしたか。
もともと「谷間の隠し飛行場」で、今は完全に田んぼではこれも知らなかったですね~
窪川はとか四万十川のほうは、今までで二回ほどしか行ってないので
ここもそばの国道も走ったことないですねー
よくまあ、平地が少ないとこにうまく作ったものです^^
nice!

by コスト (2011-07-13 00:02) 

とり

■コストさん
はい。ここのことでした~^^
この後四万十川沿いに美しい自然を堪能し、そして「対向車が来たらどうしよう!」の酷道で泣きそうになりました。
by とり (2011-07-13 05:19) 

コスト

またコストです。
>酷道
「水曜どうでしょう」の四国お遍路編でたびたび、
「四国(の酷道)が牙をむく」
とか散々に言われてましたが、本当にメインの国道以外は人も少ないですから
2車線ないんですよね、1.5車線でのすれ違いはちょっと慣れないと大変ですよね^^;
by コスト (2011-07-14 20:53) 

とり

■コストさん
「牙をむく」ですか。。。^^;
確かに怖かったです。
でもあれだけ面積が広いですから、過疎地の隅々まで道路整備するのはそりゃ大変ですよね。
by とり (2011-07-15 06:19) 

コスト

過疎で人が少ない上に面積広い=道路も長いで、
整備が予算的にも追いつかないからメイン道路以外は
あちこち舗装が荒れてると思いますよー^^;

by コスト (2011-07-15 21:44) 

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