So-net無料ブログ作成

旧熊本空港(陸軍熊本/健軍飛行場)跡地 [├空港]

   2009年11月訪問、2017/9/22:更新  


無題5.png
1948年3月(USA M811-1 102)   
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成・以下3枚とも)

熊本県熊本市、県庁から僅か3kmという非常に便利な立地にあった「旧熊本空港」。

現在の「熊本空港」は、ここから東北東約9kmの位置にあります。

意外と近いですね。

この「旧熊本空港」、大戦中は陸軍の「熊本飛行場」、「健軍飛行場」でした。

そしてこの飛行場のすぐ南側に三菱重工熊本航空機製作所があり、

重爆撃機「飛龍」を生産していました。

防衛研究所収蔵資料:「飛行場記録 第12飛行師団司令部」(陸空-本土周辺-120)昭和二十年九月十七日

の中に当飛行場の資料と「要図」がありました。

この「要図」が非常に簡略化したものなんですが、これと上の航空写真から作図したのが上のグーグルマップです。

以下資料を引用させて頂きます。

飛行場名 熊本
判決 自重12屯以下の飛行機の使用に適す
滑走地区 1,500x300  1,500x200
舗装路 1,500x60(マカダム舗装
土質 火山灰
地表面の状況 表面張芝にして地耐力可
周辺の障碍物の有無 なし
誘導路 3,000x20
宿営 十二棟(500名)修理を要するものあり
夜間着陸設備 なし
動力線 熊本市内には利用すべきものあり
電灯線 配線しあるも修理を要す
給水 井戸二筒水量僅少なり
風向 北西風

上の航空写真に書き入れましたが、細長い滑走路を囲むようにあるのが、

資料に「滑走地区 1,500x300」として記されているものではないかと思います(実際には幅370mあるけど)。

資料には、滑走地区として、1,500x300 と共に 1,500x200 という別の数字も挙げられています。

この敷地内に複数の滑走地区が設定してあったように受け取れるのですが、

「要図」には、飛行場の敷地に1,500x60 の滑走路が1本描かれているだけで、詳細は不明です。

この滑走路についてですが、資料内では「舗装路 1,500x60(マカダム舗装」とあり、

航空写真の通りに作図してみたところ、幅は73mありました。

無題6.png
1962年6月(MKU624X C4 16) (旧熊本飛行場当時)   

開港から2年後の「旧熊本空港」。

陸軍飛行場当時の滑走路位置をそのまま使用してたるようです。

空港移転後、跡地には県立大学、熊本赤十字病院等が建設され、すっかり様変わりしました。

D20_0185.jpg

2009年11月撮影 土を盛って作った大型無蓋掩体壕(先頭のグーグルマップ赤マーカー)。

お向かいのマンションから撮らせていただきました。

周辺の建物と比較するとかなり大きいですね。

爆弾が直撃すればもちろんひとたまりもありませんが、爆風(と一緒に飛んでくる破片)からは、

かなりの程度守られたはず。

周辺は熊本市内の住宅密集地で、この部分だけが奇跡的に戦時中から時間が止まっていました。

大戦当時、ここに確かに飛行場があったのだということを示す非常に目立つ遺構でしたが、

ストリートビューで確認すると、現在盛土は崩され、すっかり更地になっています。

一体いつ崩されたのか、グーグルアースで画像を遡ってみたのですが、

2010年2月にはクッキリ映っており、2011年には怪しくなり、2013年4月には完全に崩されています。

それで2010年2月~2013年4月の間に崩されたのではないかと。

 

「撤去費用がかさむ」という理由から現存するケースの多い鉄筋コンクリート製の有蓋掩体壕とは異なり、

こちらは重機であっという間に崩せるでしょうから、きちんと「残そう」という意思がないと今まで現存することなど、

とてもなかったはずです。

周辺の立地も考えると、よくぞ今まで永きに渡って残しておいて下さったものだという気がします。

行政がきちんと保存に向けて動かないと、いずれこうなってしまうのは仕方のないことだと思います。

以下、お邪魔した際の写真をずらずらと。

D20_0181.jpg

特に説明版等はなく、あったのはこの警告だけでした。

掩体壕周辺をうろついてみることに。

D20_0187.jpg

 

D20_0189.jpg

 

D20_0190.jpg

撮影したのは朝の6時半頃。静かに静かに撮ったつもりだったんですが相当怪しかったと思います。^^;

近隣住民の皆様、大変お邪魔致しました m(_ _)m


ところでこの健軍飛行場、終戦から8年後の1953年5月に「熊本飛行場設置に関する告示」が出され、

1956年に建設が始まり、1960年に「旧熊本空港」として開港しました。

その生涯はわずか11年で幕を閉じ、現在の熊本空港にバトンタッチすることに。

旧軍飛行場→民間空港→移設のため廃止

この経緯は鴨池の旧鹿児島空港と似てますね。

無題7.png
1975/03/04(昭50)(CKU7422 C49 22)  

廃港から4年後の旧熊本空港滑走路のアップ写真。

滑走路の舗装が剥がされ、開発が進められいるのですが、

ランウエイナンバー(25)だけまだ剥がされずに残ってます。

オシャレですね^^

D20_0200.jpg

旧空港跡地は現在こんな感じ。

周辺には熊本赤十字病院、住宅地が広がっています。


       熊本県・旧熊本空港跡地      

昭和20年5月、健軍飛行場を離陸した12機の重爆撃機隊が、占領されていた沖縄の読谷飛行場と嘉手納飛行場に突入するという作戦が実施されたのだそうです

旧熊本飛行場 データ
設置管理者:旧陸軍→旧運輸省
空港種別:第二種
所在地:熊本県熊本市長嶺南他
標 点:N32°48′27″E130°45′51″
滑走路:
(陸軍飛行場当時)
滑走地区 1,500x300  1,500x200
舗装路 1,500x60(マカダム舗装) 
方  位:07/25
(熊本空港当時)
1,200m×30m
方 位:07/25
(標点、方位はグーグルアースから)

沿革
1941年12月 三菱重工熊本航空機製作所の熊本市東部への建設を内定
1942年06月 航空機工場起工式。飛行場は工場から誘導路で連絡し、北部に100万坪で建設
1944年04月 四式重爆撃機「飛龍」(キ-67)一号機の進空式。大刀洗陸軍飛行学校熊本教育隊開校 
1945年04月 第六十戦隊(重爆)の配置
     05月 義烈空挺隊の発進基地となる
     08月 終戦時配備は第30戦闘飛行集団司令部、第174飛行場大隊、第17独立飛行隊、第55飛行中隊第60戦隊 1953年05月 熊本飛行場設置に関する告示
1960年04月 旧熊本空港開港(第二種)1,200x30m
1971年03月 新空港開港に伴い、旧空港閉鎖

関連サイト:
Wiki/熊本空港  
ブログ内関連記事
    

この記事の資料:
「熊本の戦争遺跡 戦後65年」
防衛研究所収蔵資料:「飛行場記録 第12飛行師団司令部」(陸空-本土周辺-120)昭和二十年九月十七日


コメント(19)  トラックバック(1) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

コメント 19

Qoo

上から丸見えだったのですね
それにしても、飛行場ってたくさんあったのですね
by Qoo (2010-03-20 06:25) 

an-kazu

よく残っていましたねぇ!
by an-kazu (2010-03-20 08:32) 

tooshiba

朝っぱらから大活躍のとりさんに(*゚∀゚)つ=lnice!
そんな怪しい(笑)とりさんにnice!なアイテムをご提案。
「空港探索・2のとり」って名刺(飛行機の絵入り)を作って、渡せばおk。
警察官の職質も、それで乗り切れるぜ☆
(ただし命の保証はできかねますが。爆)
by tooshiba (2010-03-20 08:34) 

sak

こんなところに空港があったのですね
知ってる人のお家のすぐ近くだわ\(◎o◎)/!
朝6時半頃に静かに静かにって、絶対怪しまれそう(^_^;
by sak (2010-03-20 08:56) 

Takashi

このままだと、風化して無くなっちゃいそうですね。
もう少し、手を入れて管理して欲しいと思いました。
by Takashi (2010-03-20 09:46) 

コスト

キターー!ついに熊本に来ましたか^^
もう無蓋掩体壕の詳細よりも、場所が大学の頃の部屋から
近かったとか地図ばかり見てましたwすいません。
フタなしってのも一応爆風よけで意味があったんですね。
健軍の自衛隊駐屯地に隣接してたわけではないんですね。
左側の東バイパスをよく原付で走ってました。懐かしき熊本の街☆
熊本というだけで無条件でnice!です^^

by コスト (2010-03-20 11:11) 

セバスちゃん

何も説明が書いていないと、地元の人もただの空き地としか。
掩体壕って分かってないかも。新しそうなマンションに囲まれてますし。
空港建設も一区切り、この飛行場と同じように閉鎖、廃止なんて事も・・・
by セバスちゃん (2010-03-20 14:45) 

OILMAN

こんにちは。
この看板だけだと、何の史跡かさっぱり分かりませんね。
ただの盛り上がった空き地にしか見えません・・・
by OILMAN (2010-03-20 23:09) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■Qooさん
丸見えですね。
飛行場、本当にたくさんありますね~(@Д@)

■an-kazuさん
本当にそう思います。
こんなもろい遺跡って、古墳級ですよね。

■tooshibaさん
>名刺
おお、それだ!
>できかねます
アレレ~??

■sakさん
おお、知ってる方のお近くですか!
>怪
ですよね~。
「なんばしよっと?」とか言われないかとヒヤヒヤしました。

■Takashiさん
たしかにこのままだとどんどん溶けちゃいますよね・・・。
外部から言うのは簡単ですけど、できれば屋根かけて欲しいのですが。

■コストさん
コストさんにとって熊本は九州で最もなじみのある県とは知ってましたが、
ここはそんなピンポイントの場所だったんですね^^
爆風の前ではヒコーキなんて紙細工なので、これは立派な防護壁になると思います。
>健軍の自衛隊駐屯地
ここがかつて三菱熊本航空機製作所の工場があった場所で、
飛行場とは通路でつながってました。

■セバスちゃんさん
確かにそうですね~。
掩体壕なんて、普通知らないですよね。
>閉鎖、廃止
これからそういう話がどんどん出てきそうですよね。

■OILMANさん
普通の人には単なる「残土置き場」にしか見えないでしょうね^^;
あ、オイラも普通の人ですよ?
by とり (2010-03-21 07:09) 

ハイマン

おー良くぞ残っている写真を見つけましたね!
こういうの探し当てたときは嬉しいんだろうなぁ
by ハイマン (2010-03-21 09:14) 

春分

> そのスジでは有名な写真
うっかりしてましたが、どんなスジやら。
by 春分 (2010-03-21 16:02) 

U3

戦争の史跡ですね。
by U3 (2010-03-21 16:31) 

takechan

こんな掩体壕もあるんですね。しかし、マンションに挟まれた住宅街の
一角に、よく今まで保存されてましたね。
by takechan (2010-03-21 20:20) 

文旦

「無蓋掩体壕」というのですか?よく残っていたものですね!
周辺の環境にもかかわらず、現存するのは、「残そう!」という
強い意識が在ったと言うことですね。凄いです。
大阪ならばもうとっく消滅している事でしょう。
by 文旦 (2010-03-21 23:08) 

とり

■ハイマンさん
嬉しいでしょうね~^^
オイラはこういう緻密な作業が苦手で苦手で・・・。
自力で新発見。というのはほとんどないです。

■春分さん
いつもきっちりボケ回収感謝です^^

■U3さん
そうですね~。
現在どんどん少なくなっております。

■takechanさん
>マンションに挟まれた住宅街の一角に
同感です。
下世話ですが土地高いんでしょうけどね~。

■文旦さん いらっしゃいませ~ヽ(*´ヮ`)ノ
はい。蓋がないので「無蓋」掩体です。
当ブログ内で恐縮ですが「有蓋」型はこんなですので宜しければご覧くださいませ。
http://1901rjtt-to-roah.blog.so-net.ne.jp/2008-07-20
>凄いです。
同感です。所有する方の世代が変わっても残して欲しいものです。
by とり (2010-03-22 06:48) 

コスト

またコストです。
>ピンポント 地図をちょっと拡大して左のほうにずらせば、
白川のそばに熊大があってそこに住んでいたので、
この辺はまさにテリトリーでした。

>昭和20年5月、健軍飛行場を離陸した12機の重爆撃機隊
うちのブログの記事の『知覧特攻平和会館(語り部編)』の後半に
『義烈空挺隊』の話を書いてるんですが、
その時に「陸軍熊本飛行場」と「健軍飛行場」の両方の資料があって、
健軍飛行場(現在の自衛隊駐屯地)と陸軍熊本飛行場は、別なのかが確認が取れなかったんですよ。
この記事で、健軍飛行場(旧陸軍熊本飛行場)→旧熊本空港→今は住宅地で、
 三菱熊本航空機製作所→現在の自衛隊健軍駐屯地だったんですね
長年の謎が解けました^^

『知覧特攻平和会館(語り部編)』
http://cost-off.seesaa.net/article/103531105.html
by コスト (2010-03-22 14:03) 

とり

■コストさん
>熊大
確認しました。線路はさんで反対側ですね。本当に近いですね^^
>健軍飛行場(旧陸軍熊本飛行場)
熊本県は旧陸軍の飛行場だけで8つ(オイラが調べた範囲では、ですが)もあるので、
改めて確認してみました。旧陸軍熊本飛行場=健軍飛行場で間違いないようです。
>(語り部編)
改めて拝見してまた泣きました。
by とり (2010-03-23 21:08) 

コスト(三回目)

三回目ですいません。
知覧特攻平和会館の記事は、知覧のボランティアのおじいさんの話を思い出して書いてて泣いてました。
6,7年以上経ってるのに、なぜかぶわーっと記憶がよみがえって書いたのを覚えてます。
この記事のリンクを張りました。一応、できるかわかりませんが、トラックバックも送信しておきます。
by コスト(三回目) (2010-03-23 23:21) 

とり

■コストさん
6,7年後に書いたとはとても思えない記事です。
Mさん話等でも思いますが、コストさん本当に人の話をよく覚えてますよね~。
TBありがとうございました。
by とり (2010-03-24 07:05) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1