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目達原飛行場 [├空港]

  2011年5月、2017年5月訪問 最終更新日:2017/6/19  


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1948年4月当時の写真(USA M934-1 10) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)    
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

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佐賀吉野ヶ里遺跡の東約1kmにある「目達原駐屯地」。

その敷地内に「目達原飛行場」があります。

外から滑走路は見えないものかと走ってみたのですが、結局見えませんでした。。。

目達原飛行場は大戦中からあった飛行場で、「大刀洗陸軍飛行学校目達原分校」でした。

末期には特攻隊の出撃基地にもなりました。

上のグーグルマップはその当時の滑走路です。

南側が基地の外に大きくはみ出してますね。

現在は、旧滑走路の一部をヘリポートとして短縮して(幅も狭めて)使用しています。

グーグル等で見ると、北側のターニングパッド跡がうっすらと残っています。

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吉野ケ里公園駅南、「本戦橋交差点」の所が陸軍当時の正門の場所で、ここに碑と説明版が設置してあります。

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旧目達原飛行場正門跡(全文)
 旧目達原飛行場は、昭和十八年陸軍太刀洗飛行学校目達原分校として開設され、以来多くの若鷲が養成された。昭和十九年以降、戦局の進展に伴い特攻隊二七三振武隊として「若者よ後につづけ」を合い言葉に、欣然として国に殉じ敵艦を求めて次々と飛び立った由緒ある地である。昭和二十九年陸上自衛隊九州地区補給処がここに開設され、その後西部方面ヘリ隊、第四飛行隊等の駐留に伴い現在も旧滑走路の一部がヘリポートとして使用されている。 平成四年七月吉日 三田川町

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旧目達原飛行場正門跡(全文)
 かつて、旧長崎街道沿いの目達原宿から苔野宿にかけて広大な松原が広がっており、八丁松原と呼ばれていた。明治末期の払い下げで伐採されたが、大正4年に御大典記念事業として桜が植樹されてからは桜馬場と呼ばれ、九州指折りの桜の名所となり絵葉書にもなるほど名高く、桜の季節や競馬開催時には新宮田踏切に臨時駅が開設され、多くの人出で賑わっていた。昭和16(1941)年9月、大日本帝国陸軍太刀洗陸軍飛行学校目達原分校として飛行場建設計画が発表され、旧上中杖地区全戸と苔野・下中杖地区の一部の住民は、先祖伝来の地からの移転を余儀なくされた。昭和18年10月の飛行場完成後は、この地で多くの若者が日夜、救国の志を胸に特別操縦生として日夜訓練に励んだ。昭和19年7月のサイパン陥落以降、戦局は悪化の一途を辿り、昭和19年10月には爆弾を抱えた飛行機もろとも敵艦に体当たりする「特別攻撃隊」が編成された。事ここにいたり、目達原飛行隊は第273振武隊に改編され、延べ53名の若者が生きて再び還ることのない攻撃に飛び立っていった。彼らは、平和な時代であればどこにでもいる普通の若者であり、生まれ育った故郷と愛する家族を守るため、自らを肉弾として敵艦に突入し散華していったのである。この門柱は往時を偲ぶ唯一の遺構である。現代を生きる私たちが平和を享受しているのは、二十歳にも満たない若者たちがその身を盾としたからであることを、私たちは決して忘れてはならない。それは今に生かされている者の責務である。戦後、昭和29年3月、旧目達原飛行場跡には陸上自衛隊目達原駐屯地が開設された。かつて家族を思い、国を思って若者たちが刻苦精励したこの地で、新たなる日本の防人は日々訓練に励みながら、被災地支援など多岐にわたって国民を守るための活動を展開している。 平成26年1月吉日 吉野ヶ里町防衛協会

「九州の戦争遺跡」によりますと、「月光の夏」のモデルとなった特攻隊員は当基地の所属だったと言われているのだそうです。

当飛行場の北西約2.2kmにある西往寺は待機中の特攻隊員の宿舎で、現在でも彼らの手紙や遺品が残されています。

当時の住職の奥さんは若い隊員からお母さんのように慕われ、娘さんは、隊員は陽気でよく自分と遊んでくれたが、

母と面会できなかった隊員が夜になるとお寺の墓地の周りで「お母さん」と叫んでいたのを見たのだそうです。


 

      佐賀県・目達原飛行場      

目達原飛行場 データ

設置管理者:旧陸軍→防衛省
4レター:RJDM
空港種別:軍用飛行場
所在地:佐賀県‎三養基郡‎上峰町‎坊所‎
座 標:N33°19′31″E130°24′50″
滑走路:1,400m?→660mx30m
磁方位:04/22
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1941年 9月 飛行場建設計画発表
1943年 10月飛行場完成。大日本帝国陸軍太刀洗陸軍飛行学校目達原分校として創立
1945年 8月 終戦
1954年 3月 目達原駐屯地開設

関連サイト:
Wiki/目達原駐屯地   
ブログ内関連記事       

この記事の資料:
「九州の戦争遺跡」


コメント(12)  トラックバック(0) 
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コメント 12

鹿児島のこういち

吉野ヶ里遺跡のすぐそばに飛行場があったんですね。ということは、造成するとき遺物が出たかもですね(^^)
土建業と遺跡は、いい関係にないです(^^ゞ基礎掘りして遺物がでたら、建設会社はがっかり、大学の先生や自治体の担当者はニンマリってとこかなv(`∀´v)
鹿児島市は桜島の降灰が連日で、仕事も大変です(ノ_<。)
by 鹿児島のこういち (2011-09-14 09:44) 

me-co

駐屯地にする際、飛行場としての機能は諦めたんですね。
それにしてもこれじゃ駐屯地としても中途半端、工業団地としても中途半端?
by me-co (2011-09-14 15:18) 

鹿児島のこういち

ふと思ったんですが、写真の場所は、滑走路の真ん中あたり、駐屯地から外れたあたりですか?
by 鹿児島のこういち (2011-09-14 19:12) 

tooshiba

駐屯地は・・・ヘリか飛行機をチャーターして、上から覗くとか。。。
でも、狙撃されるかも?(^_^;

“軍事”施設は、知らぬが仏ですね。このブログを経由して、敵国に情報筒抜けなんて事態は、絶対に避けなければなりませんしね。
(兄さんのブログの実績からいけば、海外、特に漢字語圏からのアクセスも少なくないのでは?)
by tooshiba (2011-09-15 00:34) 

sak

ここからも特攻隊が飛び立っていったのですね
その時の様子想像すると胸が痛くなります
by sak (2011-09-15 08:11) 

miffy

駐屯地でも工業団地でもない所に少しでも遺構が見つからないのかな〜
by miffy (2011-09-15 15:02) 

Takashi

駐屯地。ちゃんと申請すれば見せてくれるかもしれませんね。
当日とかは無理でしょうが。
by Takashi (2011-09-15 22:43) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■鹿児島のこういちさん
>土建業と遺跡
でしょうね~。
オイラの地元も万葉集に歌われた場所とか城跡とかあって、たまに発掘やってます。
>降灰
オイラも二年前にたった一度ですが、目がまともに開けられなくなってその恐ろしさを実感しました。
はやく治まるといいですね~。
撮影場所ですが、基地の東側外周道路です。
滑走路は見えませんが、せめて現役の滑走路に出来るだけ近いポイントで。と考えて撮りました。
でも今から考えると、滑走路跡が公道に出ている部分がありますから、ここで撮ってもよかったかも。

■me-coさん
仰る通り中途半端感は否めませんが、
当時はこれでよしと判断したんでしょうね。
これから滑走路を造る労力を考えると大決断だったんじゃないでしょうか。
滑走路はあったらあったで、その延長線上にかなり広範囲まで規制がかかりますからね。

■tooshibaさん
>情報筒抜け
仰る通りそれは避けたいです。
ブログ友のカンクリさんがお詳しいので、基地撮影のタブーを教えていただいてまして、それは守ろうと思ってます。
>漢字語圏
以前は解析ソフト入れてたんですが、動作不良の為外してしまいました。ということで外国からのアクセス状況は不明です。

■sakさん
本当にそうですね~。
九州はこういう所が多くて悲しいですね。

■miffyさん
良く探すとザクザク出てきたりして。。。

■Takashiさん
きちんと申請して内部見学の話はよく聞きます。
ここも出来るかもしれないですね。
by とり (2011-09-16 06:50) 

ヌアン2222

え--ッ こんなにあったの びっくり!探検気分で楽しめます 

by ヌアン2222 (2011-09-21 00:08) 

とり

■ヌアン2222さん いらっしゃいませ^^
オイラもびっくりしてばっかりです。
by とり (2011-09-21 06:33) 

通りすがりの・・・・

こんにわです(^-^)
滑走路を写真で撮りたいのであれば、駐屯地近傍のイオン(旧SATY)の立体駐車場(屋上)から
見えますよ。。。。参考までに・・・・(^-^)
by 通りすがりの・・・・ (2011-10-09 09:24) 

とり

■通りすがりの・・・・さん こんにちわ^^
Σ(゚Д゚;)その発想はなかったです。
ご親切にありがとうございました。
次近くに行く機会がありましたら上がってみますね。
by とり (2011-10-10 06:40) 

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