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長野飛行場跡地 [├空港]

   2010年05月訪問 最終更新日:2017/4/24 

無題4.png
1947年9月当時の写真(USA R221 53) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

長野県長野市にあった「長野飛行場」。

防衛研究所収蔵「水路部 航空路資料第4 昭和19年6月刊行 中部地方飛行場及不時着陸場」の中で、

当飛行場についての非常に詳細な記述がありましたので、一部引用させて頂きます。

第11 愛国長野飛行場(昭和18年2月調)

管理者 長野市。
位置 長野県長野市大字川合新田、同市大字稻葉、上水内郡大豆島村
 (長野市の南東方約4粁、36°37′3N,138°12′8E)。
種別 公共用陸上飛行場。

着陸場の状況
高さ
 平均水面上約347米。
広さ及形状
 本場は長さ東西600米、南北600米及北東-南西850米、幅最小200米(総面積24万平米)のL字形地域なり。
着陸地域は概ね図示の北東-南西625米、幅30米の舗装滑走路を最適と認むるも風向等に依りては植芝全地域を使用するを可とす(付図参照)。
地表の土質
 砂を混ずる尋常土。
地面の状況
 場内は凸凹及起伏なく極めて平坦なるも全般的に西より東へ1/400の下り片勾配を成す。地表は6頓「ローラー」を以て転圧せる堅硬地なり。殆ど一面に良好なる植芝及雑草を生ずるも諸處に土砂を露出せる禿地あり。梅雨後は雑草の繁茂著しきを以て一応注意を要す。排水施設としては地下に盲暗渠及場周に排水溝あるも降雨後は滑走路上に水溜を生ずることあり。滑走路は厚さ12糎の「コンクリート」舗装にして季節に因る影響なく極めて平滑なり。滑走路と芝地との接合点は双曲を成すを以て横断滑走の際と雖も聊も衝撃を感ずることなし。
東側格納庫前の整備場より前記滑走路に連絡する幅15米の「コンクリート」舗装の誘導路1條あり、西風の際は離陸滑走に兼用し得と言う。

場内の障碍物
 東側に吹流鉄塔(高さ21米)、気象観測所鉄塔(高さ16米)、格納庫等あり。
適当なる着陸方向
 北東を可とするも風向等に依りては東又は西及南又は北。
離着陸上注意すべき点
 諸處に土砂を露出せる箇所あるを以て地上滑走に充分注意し且降雨時は滑走路上に水溜を生ずるを以て芝地のみ使用するを可とす。
施設
 格納庫(間口25米、奥行18米、高さ12米)1。航空局事務所。油庫。倉庫。物置。気象観測所(人員配置なし)、同観測用鉄塔(高さ16米)。「コンクリート」舗装滑走路及誘導滑走路。場周排水溝等あり。
航空標識 晝間は吹流、夜間照明設備なし。

其の他
本場は昭和14年3月長野市の設置に係る公共用飛行場にして大日本航空株式会社経営の東京-新潟間定期航空路の中継飛行場として使用されつつありしも同年10月以来同航空路の運航休止せられたる為現在は飛行場を維持する傍滑空機の練習場として使用しつつあり。

D20_0038.jpg
・A地点 画面左右にコンクリートの大きな塊があります。

格納庫跡地らしいです。

D20_0039.jpg
・B地点 ターニングパッドの円内に市営団地が建っています。

D20_0043.jpg
円形の駐車スペース。

D20_0046.jpg
・C地点 飛行場の碑がありました。

左 「長野飛行場 NAGANO AIRPORT 跡地」
右 「長野飛行場のあゆみ 昭和12年8月事業認可 昭和13年10月竣工 平成2年6月閉鎖 平成4年3月記念碑建立」

この長野飛行場、 昭和13年10月に長野市営の民間飛行場として開港したのですが、

その後陸軍の飛行場となり、接収を経て再び民間飛行場となっています。

詳しくは下記「沿革」をご参照ください。


       長野県・長野飛行場跡地      

長野飛行場 データ
設置管理者:長野市→旧陸軍→長野市
 (市議会が逓信省に献納を決定してから三年半後の昭和18年2月調の水路部資料では、管理者が長野市になっている)
空港種別:陸上飛行場
所在地:長野県長野市稲葉
標 点:N36°37′3″E138°12′8″
面 積:24.8ha(市営飛行場当時)
標 高:347m
滑走路:625m×30m
磁方位:03/21
*磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1937年 08月 逓信省より事業認可を受ける
      10月 着工
1938年 10月 竣工
1939年 03月 長野市営の「愛国長野飛行場」として逓信省より使用許可
      07月 長野飛行場開港。開戦までの2年間、羽田―長野―新潟便、羽田―長野―富山―大阪便運航
      飛行場を逓信省に献納することを長野市議会が決定
      陸軍の飛行訓練や民間のグライダー訓練に使用される
1944年 08月 松代大本営関連で陸軍により滑走路北側が拡張される
      西風間方面、藤興寺の北側まで滑走路を延長(2000m×150m?)
1945年 30以上の掩体壕が作られる
      08月 長野空襲により被災
      11月 市と大豆島村が元地主を中心に「長野飛行場土地耕作組合」をつくる。掩体壕を崩して開墾
1947年 06月 飛行場の接収解除。長野市に返還される
1948年 04月 滑走路、格納庫等残して、他の用地全部が開放農地として売却される
1953年 民間飛行場として復活(滑走路は市営飛行場時代の長さに戻る)。その後「日本ヘリコプター会社」の運営下に入る
1983年 滑走路上に市営団地建設
1990年 06月 飛行場閉鎖
1991年 04月 元滑走路を含む飛行場跡地に犀陵中学校開校
1992年 03月 記念碑建立

関連サイト:
Wiki/長野飛行場   

この記事の資料:
防衛研究所収蔵「水路部 航空路資料第4 昭和19年6月刊行 中部地方飛行場及不時着陸場」 


コメント(13)  トラックバック(0) 
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コメント 13

鹿児島のこういち

飛行場を利用した街計画ってとけろでしょうか?元々あった飛行場をうまい具合に都市計画してますよね(^O^)
それとも、先に滑走路沿いに家が立ち並んじゃったのかな(^O^)
by 鹿児島のこういち (2011-03-07 07:24) 

OLDMAN

とり様
ご無沙汰していますが、何時も見ていますよ・・
ここには、報道と農薬散布のヘリがよく集まり、撮影しやすい場所でした。
勿論、小型機も撮影できました。今は報道は河川敷に移動しましたが・・
思い出します・・懐かしいな~!!
by OLDMAN (2011-03-07 18:24) 

masa

飛行場の跡がなんとなくわかります。
私もとりさんのように日本全国を旅したいです。
by masa (2011-03-07 20:38) 

雅

ターニングパッド跡をそのまま道路にしちゃったんですか。
しかもその中に市営住宅。
知らない人が見たら、おしゃれな作り、と思うんですかね?
by (2011-03-07 21:31) 

takechan

確かに、団地1と団地2の場所が、飛行場跡らしい
雰囲気出てますね。しかし、全国津々浦々、飛行場跡を
隅々まで探索されるなんて、本当にすごいですね。
by takechan (2011-03-07 22:25) 

Takashi

ターニングパッド、うまい具合に駐車場にしていますね。
これは入れやすそう、いや、逆に難しいのかな?
by Takashi (2011-03-07 22:56) 

sak

そのまま利用されているって嬉しくなりますね(^^
でもやっぱり飛行場で残っていて欲しかったかも...
by sak (2011-03-08 11:01) 

ジョルノ飛曹長

丸い部分をそのまま駐車場として残したんですね^^
こういう、使えるところはなるべく使う工事はいいですね^^
by ジョルノ飛曹長 (2011-03-08 12:48) 

OILMAN

こんにちは。
これは見事な跡地利用ですね!!
by OILMAN (2011-03-08 20:22) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■鹿児島のこういちさん
オイラは全然わかりません。
戦後すぐ農地になってますから、その流れで住居が建設されたんでしょうか。
農地に宅地はできないらしいですけど、その辺は鹿児島のこういちさんご専門ですね^^

■OLDMAN様
いつもお越しいただきましてありがとうございますm(_ _)m
ここは馴染みの場所だったのですね。
随分活気のある飛行場だったようですね。
当時を知る方からすると隔世の感があるのでしょうね。
>河川敷に移動
そちらはノーチェックでした。

■masaさん
なんとなく跡がのこってますよね。
オイラはmasaさんのようなじっくり余裕を持って楽しむ旅に憧れます^^

■雅さん
オイラが知らずに現地に行ったら、多分気が付かないと思います。
地図を見てやっと、??? と思う位で。

■takechanさん
団地をまるごと一棟入れちゃうところがすごいですよね。
オイラはただのモノズキですから~^^;

■Takashiさん
線がいっぱい引いてあるので、もしかしたら
夜の車庫入れは紛らわしいかもしれないですね。

■sakさん
確かに飛行場がなくなってしまうのは寂しいですね。
こうして形跡が残っててくれると嬉しいです。

■ジョルノ飛曹長さん
>なるべく使う
そうですね~^^
すごいリサイクルだ。

■OILMANさん こんにちは。
まさかこんな使い方をされるとは、夢にも思わなかったでしょうね^^
by とり (2011-03-09 06:50) 

鹿児島のこういち

実はですね、あるんですよ、いけない事なんですが。
農地から宅地には出来ないっていうか、地目変更が普通は出来ないんです。一昔前は農家の方が勝手に建物、建てちゃったりしてますしf^_^;特に田んぼは、所有権移転もままなりません。
しかし、畑は地目を山林や雑種地に変更して、それから宅地にする方法がありますが、詳しくは書きませんm(__)m悪用する人が現れたら困っちゃいますからぁf^_^;
by 鹿児島のこういち (2011-03-09 22:44) 

コスト

>飛行場を逓信省に献納する
飛行場って献納するものだったんですね(驚)^^;
でも軍ではなくて逓信省になんですね。
2000m級滑走路に30以上の掩体壕って規模大きいですねー
でも、空港としては残らずってのがなんとも。

>敢えて引きません
そりゃあ、「敢えて」に決まってます。
「めんどくさい」とか、そんなことはとりさんに限ってはありまえせんよね!
わかります!(笑)^^


by コスト (2011-03-09 23:14) 

とり

■鹿児島のこういちさん
農地って、そんなに変更が大変なのですか(@Д@)
知らない話をありがとうございました。
規制仕分けの対象になったりしないのかしらん。

■コストさん
>献納
今では考えられないことですが、当時の記録ではポツポツと出てきますね。
逓信省は陸軍との関係が深く、どちらも大元は国ですから、
お国への貢献となる他にも地元にとってメリットがあったのかもしれません。
>わかります!
わかってくれますか!
べ、別に面倒とかは本当に関係ないですからね(o ̄∇ ̄o)
by とり (2011-03-11 06:33) 

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