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第二大井(吉岡)飛行場跡地 [├空港]

    2010年11月 2014年6月 訪問 

2014/7/14追記:飛行場の場所を間違えていたため、全面改訂致しました。大変申し訳ありません。詳しくは2013-07-26こおろぎさんのコメントをご覧くださいませ。こおろぎさん貴重な情報ありがとうごさいましたm(_ _)m 

無題8.png

静岡県掛川市にあった「第二大井(吉岡)飛行場」。

遠州灘に米艦隊が現れたら特攻するという目的で末期に建設されました。

上図は1946年の航空写真(下記リンク参照)を元に作図しました。

灰色の部分はサカタのタネです。周辺は美しい茶畑が広がっていました。

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 横須賀鎮守府所管航空基地現状表(昭和二十年八月調)」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:吉岡 建設年:1945 飛行場長x幅 米:900x60方向NNW 主要機隊数:小型 主任務:避退場 隧道竝ニ地下施設:工事中 掩体:工事中

D20_0046.jpg

・A地点

 

第二大井(吉岡)飛行場:map   


      静岡県・第二大井(吉岡)飛行場跡地     
完成して1機だけ着陸したという記録が残っています

第二大井(吉岡)飛行場 データ
設置管理者:旧海軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:静岡県‎掛川市‎吉岡
座 標:N34°47′48″E137°56′37″
滑走路:1,000m?(1,200m×250m,900mx60mという資料もあり)
磁方位:14/32
*座標、磁方位、滑走路長はグーグルアースにて算出

沿革
1945年6月 「大井の第二飛行場を作れ」と命令下る
     7月 31日 1番機が着陸(使用はこの1機のみだったらしい)

関連サイト:
国土地理院 1946年5月当時の写真(USA M142-A-5No3 97) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック) 


コメント(23)  トラックバック(0) 
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コメント 23

ジョルノ飛曹長

特攻の基地が静岡にも作られていたとは、しりませんでした。
使われなくて幸いなのかも、、
いや、結局皆、九州沖縄に行ったから同じですかね。(-_-;
by ジョルノ飛曹長 (2011-02-14 12:41) 

tooshiba

66年も経てば資料も散逸しているでしょうし、当時の住民も高齢になっているし、誰も正解が分からないかもしれません。
もしかしたら、厳密な起点と終点はなかったのかもしれません。
兄さん的には納得がいかなくても、「だいたいあってる」=正解としてしまいましょう。(^o^)
by tooshiba (2011-02-14 18:13) 

Takashi

1機のみの着陸。末期だったとしても、特攻に使われなくて良かったのかもしれませんね。
by Takashi (2011-02-14 21:25) 

鹿児島のこういち

遠州灘に米艦隊は現れなかった、という事なのでしょうか。使用する必要がなかったのでしょうね。
特攻機専用なら、なおさら資料は少ないでしょう。特攻隊員に民間人の接触は厳禁だった当時、それ専用の飛行場とは公に出来ないでしょうから。
by 鹿児島のこういち (2011-02-15 06:47) 

セバスちゃん

まったく関係ないコメですみません。
”ライアンエアー”(アイルランド)の記事を読みました。
長期的な目標は「運賃ゼロ」とっても気になってます。
by セバスちゃん (2011-02-15 22:37) 

コスト

天竜浜名湖線は乗ったんですが、まさか飛行場跡地があるとはw
まったく気づきませんでした^^;
もうこの辺は完全に田園風景でしたね~

>遠州灘に米艦隊が現れたら特攻するため
理由がピンポンイント過ぎますが、やはり大戦末期は切羽詰ってきてたんですね
by コスト (2011-02-15 23:38) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■ジョルノ飛曹長さん
温暖でのんびりした場所なんですが、すごいギャップですよね。。。

■tooshibaさん
平衡のとれた見方ですね。ありがとうございます<(`・ω・´)

■Takashiさん
そうですね~。大活躍していたら標的になったんでしょうしね。

■鹿児島のこういちさん
一番機着陸が終戦二週間前だった。というところまでしか分かりませんでした。
鹿児島のこういちさん仰る通り必要がなくなったのかもしれないですね。

■セバスちゃんさん
初めて知りました。すごいですね。(@Д@)
実現できるのかしらん。

■コストさん
おお、乗りましたか!
ローカル線ぽくていいですよね^^
こんな所にもこんなものがあったんですね~。
by とり (2011-02-17 07:45) 

こおろぎ

吉岡飛行場の有った正確な地点は、これより西に向かって約2キロのサカタのタネが正確な場所になります。
by こおろぎ (2013-07-25 00:37) 

とり

■こおろぎさん いらっしゃいませ。
貴重な情報ありがとうございましたm(_ _)m
有名なサカタのタネはこんな良い場所に大きな施設を持っていたのですね。
1946年の航空写真で見ると、確かにその辺りに滑走路らしきものが見えますね。

私が当飛行場が細谷駅の線路沿いだと思ったのは、
・第2大井飛行場の場所として当地点を図示しているサイトがあった。
・「掛川駅から北西6km」という情報があり、この場所が丁度の距離だった。
・現在も如何にもそれらしい地割が残っている
といったことからでした。
残念ながらネットではサカタのタネの辺りであることを示すものを見つけることができませんでした。
サカタのタネの辺りである。というソースや更に詳しい情報等ありましたら、
是非ご教授頂けないでしょうか?
by とり (2013-07-25 06:18) 

こおろぎ

吉岡飛行場は、旧和田岡村吉岡の地名で、文献には茶畑を壊されるのを涙を流して住民が懇願したという記述が残っている事と、道路が広がる前にこの辺りには沢山の防空壕が残っていた事実があります。
細谷には中島飛行機地下工場がありました。
by こおろぎ (2013-07-26 01:27) 

こおろぎ

補足ですが、吉岡飛行場は秘匿飛行場だった事と、学生が飛行場建設に使われていました。
by こおろぎ (2013-07-26 01:51) 

とり

■こおろぎさん 
頂いたコメントから、サカタのタネの所で間違いないだろうと思います。
こちらも大幅に記事修正させて頂きました。貴重な情報感謝致しますm(_ _)m
細谷に中島飛行機地下工場があったことも知りませんでした。
後日お邪魔して記事を作り直します。
こおろぎさんが地元の方かどうかは存じませんが、もしそうでしたら大変失礼致しました。どうかご容赦ください。
最後に一点確認させてください。
「沢山の防空壕が残っていた」とのことですが、これは掩体壕ではなく人間の避難を目的とした防空壕ということで宜しいでしょうか?
by とり (2013-07-26 06:31) 

こおろぎ

吉岡飛行場(サカタのタネ)から西に向かう道路に防空壕があったのを記憶しています。航空機用掩体壕ではなく空港建設者用の防空壕です(*^_^*)
付近にはまだまだ沢山の防空壕が残っています。
旧大須賀町の飛行場ですが、水上機が停まっていたとの情報を元に大体の位置確認はできました。
by こおろぎ (2013-07-26 12:37) 

とり

■こおろぎさん 
ご回答感謝致しますm(_ _)m
掩体壕であれば決定的な証拠になると思ったのですが、
「建設者用の防空壕」ということでしたらもう間違いないですね。
>旧大須賀町の飛行場
ここに水上機の基地があったのですか!
ここも全く知りませんでした。
次静岡県にお邪魔した際、ここも調べてきます!
ありがとうございました。
by とり (2013-07-27 05:54) 

こおろぎ

富士市五味島の飛行場ですが、五貫島の間違いではないでしょうか?五貫島には確かに飛行場がありました。
by こおろぎ (2013-07-27 08:08) 

とり

■こおろぎさん 
「教えてください」の記事の方もチェックして下さっているのですね。本当にありがとうございますm(_ _)m
五貫島の跡地の方は既にお邪魔しております。
http://airfield-search2.blog.so-net.ne.jp/fuji-airfield
富士市五味島の方は、「郊外型ショッピングセンターが並んでいる辺りに飛行場があり、連絡機のようなものが何機かあった」
という言い伝えが残っております。
国土地理院の当時の写真で見てもそれらしいものは探せず、不明となっております。
by とり (2013-07-28 06:31) 

こおろぎ

せっかくなので一つ飛行場ヒントをさしあげます。
埼玉県朝霞市にある飛行場は調査されましたか?
by こおろぎ (2013-07-28 22:11) 

こおろぎ

愛知県岡崎市の岩津飛行場ですが、岡崎市仁木町にあったそうですね
いわつ飛行場で探したらすぐに見つかります
by こおろぎ (2013-07-29 05:27) 

とり

■こおろぎさん 
またまたありがとうございますm(_ _)m
>埼玉県朝霞市
もしかして陸自朝霞駐屯地内の朝霞離着陸場のことでしょうか?
ここは今年中にお邪魔する予定ですが、ここ以外は存じませんので
もし他にご存知でしたら是非教えて頂けると嬉しいです。

>岩津飛行場
ここは現地にお邪魔して地元の方にお聞きしたり、現地の図書館で市史や昭和22年の古地図を見たりしたのですが、
「ここ!」という場所を特定できていないんですよ。
「ここにあった」という写真を掲載しているサイト様もあり、可能なサイト様には直接お尋ねもしたのですが、
場所特定に繋がる明確な回答は頂けませんでした。
by とり (2013-07-29 06:19) 

こおろぎ

朝霞の飛行場は自衛隊の観閲行進が行われる場所になっています。
10月に観閲式が行われるので、その時なら入場できますが、かなりの自衛隊車両が止まっているので、飛行場全景は難しいと思われます。
こちらは寒くなってから行動開始するので、協力できることがありましたら言って下さい
清水の航空隊跡は、実際には飛行機も無く、特攻用の掩体壕を作って、その後伊豆の特攻隊基地に転属していったみたいですね。この時に作られた掩体壕はまだ10基近く残っています。
by こおろぎ (2013-08-13 21:06) 

とり

■こおろぎさん 
またまた情報ありがとうございますm(_ _)m
>協力
ご親切にありがとうございます。それでは何かありましたらお願い致しますね。
>清水の航空隊跡
これは三保の清水海軍航空隊跡のことでしょうか?
「特攻用の掩体壕を作った」とのことですが、ここには座学中心の教育隊で、
滑走路はないと思ってました。
ここには滑走路があったのでしょうか?
by とり (2013-08-14 06:48) 

こおろぎ

書き方が悪かったですね(^_^;)
清水の航空隊は三保の航空隊の事です。
航空隊とは名ばかりで、滑走路も航空機もなく、海上特攻用の掩体壕を作っていたみたいですね
近くには防空砲台跡も残っています
by こおろぎ (2013-08-14 08:51) 

とり

■こおろぎさん 
>海上特攻用
そういうことだったんですか。
どうもありがとうございました。m(_ _)m
by とり (2013-08-15 05:47) 

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