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興南優勝と栽弘義監督 [■ブログ]

「沖縄興南のエース・島袋の決め球はストレート」 と言われていたけれど、

見ていた方ならご存知の通り、それは特に試合序盤で変化球のコントロールがなかなか定まらず、

相手にバレバレであるにもかかわらずストレートを使わざるを得ないということでもあった。

準々決勝、準決勝ではそこをつけ込まれ、先に失点した。

決勝の対戦相手である東海大相模は前日の準決勝戦で、相手投手の力あるストレートを

見ていて恐ろしくなるほど強打し続け、11得点を奪って勝利した。

だから、

興南が序盤を5失点位で切り抜けて、中盤から島袋がたて直してくれればなんとかなるかなぁ (;´Д⊂)

でも相手はあの一二三投手だし、そうそう点は取れないだろう

希望的観測込みで興南の優勝確率は65~70%。

というのがオイラの予想だった。

 

いざ試合が始まってみれば、島袋のストレートは案の定、先頭打者に思いっきりはじき返された。

しかしこの日はそれまでと異なり、最初から変化球がコントロールできていた。

それまで高く抜けて抜けて仕方がない変化球だったが、

この日島袋の投じた初球は捕手の手元でワンバウンドする変化球。

この初球がこの日の島袋の投球内容全体を象徴していたように思う。

最初からストレートでも変化球でもストライクゾーンに投げられる。

ストレートは少し走らなかったが、ベストピッチに近かったのではないか。

それまでと同様に序盤変化球のコントロールが定まらず、

ストレートに頼らざるを得ない状況なら、東海大相模のあの打線から考えて1失点では済まなかったはずだ。

この前日まで島袋は、奪三振数、奪三振率共に甲子園歴代第3位、

二ケタ奪三振7は金属バット時代になってからトップという成績だったが、

試合が終わってみれば、この日の奪三振数はわずかに4。

解釈はいろいろあるけれど、やっぱり東海大相模の各打者は恐ろしかった。

 

4回2アウト、得点が3-0と開いたところで興南の打ち方が変化した。

ここまでフライは初回4番の1本だけだったが、

ここから毎回フライが上がるようになり、6回には本塁打も飛び出した。

 

毎年この時期、内地ではちょっと想像できないほど沖縄は甲子園一色になる。

沖縄の人がそこまで野球が大好きだからなのではなく、

これが内地と互角に勝負できる非常に限られた分野の1つであり、

過去の歴史からくる「内地に認められたい」、「見返してやりたい」という強い強い思いが渦巻くのだ。

だから沖縄代表の監督には、単なる「地元の期待」以上のものが背負わされる。

9回2アウトの場面でカメラは興南ベンチを向いた。

監督はなんとベンチの奥で1人静かに座っていた。

次の瞬間にも全国優勝が決まるという場面でベンチ奥で座ったまま動かない監督というのをこれまで見たことがない。

後で知ったが、ここまでの歴史が思い出され、最後は試合にあまり目が行かなかったのだそうだ。

 

最後に。

本当はこのブログで興南の記事を書くつもりはなかったけれど、

興南優勝の影で、ある人物がちょっと隠れてしまったので書くことにした。

ここを訪れて下さる方がこの名前さえ見て下されば、オイラは満足です。

沖縄高校野球の父、栽弘義監督。

沖縄野球の大躍進はこの人抜きにはあり得ない。

常に沖縄全体の戦力向上を考えている人だった。

「優勝旗を手に入れるまでは 戦後が終わらない」

この信念の元、1990、1991年の連続準優勝はこの監督だった。

オイラの子供時代、

顧問を務める高校が変わっても、甲子園に出てくるのは必ず栽監督の学校。というイメージで
(本当はそうではなかったけど)、

いつかきっと栽監督が沖縄に優勝旗を持ってきてくれるのだとずっと信じていた。

その栽監督は今回の優勝を見届けることなく、3年前に65歳という若さで亡くなってしまった。

同年、入れ替わるように我喜屋優監督が北海道から母校興南野球部に就任。

 

我喜屋優監督はじめ興南野球関係者の皆様、

そして栽弘義監督、

優勝おめでとうございます。ありがとうございました。


コメント(16)  トラックバック(1) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 16

いっぷく

沖縄県民が大いに歓喜したことでしょう。県民ならずともこの春夏連覇のニュースで私はうれしくなりました。
by いっぷく (2010-08-25 10:00) 

鹿児島のこういち

九州、沖縄の中で唯一残った興南。
優勝出来るって思ってたよぉ~(^O^)/

鹿児島も優勝旗を持ち帰るのに長い年月がかかりましたよぉ~f^_^;
by 鹿児島のこういち (2010-08-25 12:42) 

鹿児島のこういち

栽弘義監督の事を思うと、涙が流れてしまう。実は昼、とりさんのブログ読んでて泣いてしまってたんですf^_^;
栽監督は、厳しい先生だと思っていて、豊城と鹿実とのライバル関係(鹿児島の人間だけが思ってるのかもしんないけど)は壮絶!鹿児島は沖縄に負けたくないって気持ち!あれだけ憎らしい監督はいなかったけど、あれだけ厳しく生徒を育てた先生も珍しいと思います。鹿実の久保監督も厳しい人でしたが、・・・・
沖水の大野投手の件でも、監督は辛かっただろうなって思ってました。

沖縄県民の気持ちを全部しょっちゃうんだもの・・・・
豊城の選手が初めて甲子園のグランドを行進するさまを今も思い出します。緊張しまくりで手足がバラバラなのを。
栽監督のあの、笑い顔が出来る事ならまた、見たいです(T_T)

by 鹿児島のこういち (2010-08-25 18:56) 

masa

テレビで見てました。
感動をありがとうと思いました。
by masa (2010-08-25 19:15) 

セバスちゃん

今年も感動してしまいました。
甲子園、何故か熱くなれるのです。
まさしく熱湯?熱闘甲子園ですね。
僕も野球をかじっているので、この時期になると
室内でテレビを見ながら素振り、バット振ってしまったりして<笑>
(絶対に真似をしては、いけません)
by セバスちゃん (2010-08-25 21:14) 

OILMAN

こんにちは。
今年は広陵が早々に敗退してしまったためほとんど観戦しませんでした。
沖縄といえば沖縄水産というイメージが長らくありました。
なので、もともと沖縄勢は強かったんだと思っていましたが、そこに苦労してレベルを上げていった方がいたんですね。

by OILMAN (2010-08-25 21:22) 

まめ助の母

なんだか沖縄出身でもなんでもないのですが
とっても嬉しかったです♪
私が子供の頃興南は常連さんだったのよね
しばらく沖縄水産に取って代わられて…
そんな印象があったので
「頑張れ〜頑張れ〜」
ってかんじでした!
by まめ助の母 (2010-08-25 22:28) 

雅

栽監督、名前は知ってましたが、そういう過去があったのですね。
決勝戦、投手戦になると思ってたのですが、4回の集中打は見事でした。
by (2010-08-25 22:37) 

tooshiba

>過去の歴史からくる「内地に認められたい」、「見返してやりたい」という強い強い思いが渦巻くのだ。
沖縄県民(うちなー)がそんな風に思っていたとは。
バキバキやまとんちゅうの自分は想像だにできませんでした。

興南の勝利は故栽監督に捧げるものでもあるんですね。
合掌。
by tooshiba (2010-08-26 01:23) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■いっぷくさん
>県民ならずとも
嬉しいお言葉、ありがとうございますm(_ _)m

■鹿児島のこういちさん
これまた嬉しいお言葉ありがとうございますm(_ _)m
>手足がバラバラ
鹿児島のこういちさん、オイラなんかよりよっぽど沖縄野球の歴史を目の当たりにしておられますね。
オイラは豊城は直接見てないんですよ。
それから沖縄は鹿児島を間違いなくライバル視してますよ。
栽弘義監督に関しては、ご指摘の指導法、大野投手のことなど、功罪いろいろ言われているわけですが、
いずれも「沖縄を強くしたい」という強い思いからのものだと思ってます。

■masaさん
masaさんもご覧になってましたか。
高校野球お好きなんですね^^

■セバスちゃんさん
おお、経験者ですか!
室内でバット振れるほど広々なんですね^^
オイラは野球見ながらシャドーピッチングして家具にぶつけて泣きそうになります。

■OILMANさん こんにちは。
>観戦しません
分かります! オイラもひいきのチームが敗退すると、もう見ません。
しばらく沖縄水産の長期政権が続きましたからね。
このところ群雄割拠状態ですが。
沖縄は体格も貧弱だし、弱々だったんですよ。

■まめ助の母さん
「興南が強かった」というのをご存じなのですね。(@Д@)
嬉しいです。どうもありがとうございます^^
まめ助の母さん、大阪と埼玉が当ったら、やっぱり大阪応援なのでしょうか。

■雅さん
オイラ今まで沖縄県出身者以外で裁監督ご存じの方に会ったことありません。
雅さんもご存じだったとは。嬉しいです。
東海大相模の緒戦、甲子園で観戦して、東海大相模のブラバンの隣にいたのですが、
指揮者の方が試合の状況みながら次々とハンドシグナルで曲目を知らせ、
切れ目なく演奏が続くのがすごくカッコ良かったです。

■tooshibaさん
>そんな風に
この辺の背景は、ちょうど1つ上の雅さんが非常に分かりやすくまとめた記事を書いておられますよ^^
>故栽監督に捧げる
オイラの駄文からそこまで読み取っていただけるとは…(;´Д⊂)
それだけでも記事を書いた甲斐がありました。
by とり (2010-08-26 21:53) 

an-kazu

成田(千葉代表)もがんばりました!
by an-kazu (2010-08-27 00:17) 

とり

■an-kazuさん
緒戦、あの智弁和歌山に勝利して、ベスト4まで勝ち上がりましたよね。
決勝の相手は成田か東海大相模か。と注目してました。
エース中川投手、気迫あふれる投球でしたね。
by とり (2010-08-27 07:48) 

sak

興南、応援していたからすごくうれしいです(^^
先日沖縄行ったらラジオでずっと興南の話題
一週間たったのにと言いながらずっと...
栽監督のことも出てきました
沖縄にとって甲子園での高校野球に対する想いとか...
話聞いてジィーんとして...
あと我喜屋監督が総理大臣になればいいのにって
うなずいてしまいました
by sak (2010-09-01 07:18) 

とり

■sakさん
応援してくださってましたか! ありがとうございます^^
それにしても沖縄にとって歴史的な時期におられたのですね(@Д@)
羨ましいです。
裁監督、沖縄の人間にとってはやっぱり忘れられない人ですね~。
>総理大臣
アハハ、そんな話まで持ち上がってるんですか^^
確かにあの監督、人格者な気がします。
by とり (2010-09-02 20:11) 

コスト

コメント遅れましたが、改めて興南優勝おめでとうございます☆
うちのブログに情報を追加しようとニュースで決勝でのスコア調べたら
あまり載ってなくて、なんでだろう?と思ったら、13-1だったから気を使っただと思います。
二回戦で明徳が負けても興南が優勝したのなら全チームに勝ったわけですから、納得です^^
>甲子園歴代第3位 たしかにここぞの場面では狙って三振を取ってました。

>沖縄は甲子園一色
うちのブログの沖縄旅行記でも書く予定ですが、首里城近くの人も
「甲子園まで飛行機をチャーターして日帰りで応援するさー、決勝、準決勝だけは向こうで泊まるさー」
って言ってましたが、こういう背景があったんですね。勉強になりました。m(__)m

>互角に勝負できる非常に限られた分野の1つ
阪神タイガースを応援する大阪の人も似たような感じかもしれないですね、
「東京と同じ土俵で戦ってるのは阪神ぐらいだ」
という話も聞いたことがあります。

>同年、入れ替わるように我喜屋優監督が北海道から母校興南野球部に就任
そういう事情だったんですか、沖縄で
「我喜屋監督は甥っ子がいるので北海道で指導者をやっていたけど、沖縄のために帰ってきた」
と聞いてきましたが、なるほど帰ったきたのにも理由があったのですね。

これを先に読んでいれば(PC持っていってなかったので)、沖縄旅行でもっと
興南関係の写真を撮ったり、地元紙の特集号を買っておいたんですが^^;

せっかくなので、うちの興南関係の記事のリンクとトラックバックお願いします
コストブログ:2010沖縄旅行・番外「興南高校春夏連覇フィーバー」
http://cost-off.seesaa.net/article/161642744.html
【高校野球】明徳と興南【甲子園】ver.大会結果
http://cost-off.seesaa.net/article/159171797.html
by コスト (2010-09-09 22:45) 

とり

■コストさん
どうもありがとうございますm(_ _)m
その時その場にいて現地の熱気を肌で感じることができたコストさんがすごく羨ましいです。
沖縄県民にとっての歴史的な瞬間に居合わせたわけですから。
TBもありがとうございます。
by とり (2010-09-10 06:48) 

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