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旧青森空港跡地 [├空港]

  2011年9月 訪問 

無題9.png

上図は青森空港なのですが、1964年~1987年まではオレンジ線の位置に滑走路とターミナルがありました。

そして1987年から現行の青森空港が供用開始しました。

 

1964年、1,200m滑走路で開港した旧青森空港は、その後 1,400mに延長したのですが、

ジェット機の離着陸が不可能であることや、

夏季には濃霧、また冬季は雪国特有の気象条件に山岳性の気候も加わり就航率が低下する等問題を抱えていました。

このため、最新の航空保安施設を備えた大型ジェット機が就航可能な新空港を建設しました。

上図を見ると、新/旧の滑走路が完全に重なっており、一体どうやって運用を続けながら工事したのか不思議ですが、

新空港開港前年の写真(下記リンク参照)を見ると明らかな通り、新空港は旧滑走路と重ならない2,000m滑走路でまず開港し、

その後旧滑走路を潰す形で滑走路を延長して現在の姿になっています。

この辺の経緯は奥尻空港と似てますね。

旧滑走路周辺の一部は現在「Nエプロン」として使用しており(旧滑走路西側部分)、

この地割が旧空港当時の名残と言えるかもしれません。

 

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・A地点。

旧滑走路方向に撮ったつもりだったのですが、本当は管制塔、ターミナルがもっと左に見えていないといけませんでした。

立ち位置をもう少し左に、レンズをもっと右に振らないといけませんでした。失敗しました_| ̄|○ il||li

 

旧青森空港:map   


      青森県・旧青森空港跡地      

旧青森空港 データ

設置管理者:青森県
3レター:AOJ
4レター:RJSA
空港種別:第三種
所在地:青森県‎青森市‎大谷‎山ノ内‎
座 標:N40°44′30″E140°42′01″
滑走路:1,400m×45m
磁方位:10/28
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1962年 設置許可
1964年 供用開始(滑走路:1,200m×30m)。YS用エプロン2バース
1971年 滑走路延長(1,350m)
1972年 滑走路拡幅(45m)
1973年 滑走路延長(1,400m)
1974年 空港ターミナルビル増築
1978年 空港ターミナルビル増築
1979年 新空港建設地決定
1982年 新空港起工式
1987年 新空港へ移転、空港廃止

関連サイト:
Wiki/青森空港   
国土地理院 1986年8月当時の写真(TO861X-C11A-11) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)     
ブログ内関連記事(旅行記/旧奥尻空港跡地)


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今年もお世話になりました。 [■ブログ]

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コンビニスイーツ撮ってみた。

 

1月からいろいろと忙しくなるため、年明けから少しの間 コメント、nice! 蘭を閉じさせていただきます。

ということで少し早いのですが、ご挨拶をさせていただこうと思いました。

今年もお付き合いいただきまして、どうもありがとうございました m(_ _)m

 

年の終わりということで、空港探索の進捗状況をまとめてみました。

未アップの分も含めて、これまでにお邪魔した飛行場/跡地は451ヵ所。

今後見学予定の箇所が154ヵ所。

なので、全国にはオイラでも行ける飛行場/跡地が(現時点で判明している範囲内で)全部で605ヵ所ある。

ということになります。

 

去年判明していたのは全部で596ヵ所だったので、少し増えましたね。

長年ナゾだった飛行場の場所が判明することもありますし、

ネットで検索していて偶然未知の飛行場が見つかることもあり、

更には、現地をお邪魔して、地元の図書館で資料を探していたら、新たな飛行場を発見することもあります。

例えばこんなことがありました。

東北の某県の「○○滑空場」跡地のことなのですが、地元図書館で調べたら、

その滑空場は「第二滑空場」とも呼ばれていることが明らかになりました。

「第二」があるということは、当然「第一」もあるということで、ネットで調べてみたら案の定「第一」もあって、

その滑空場OBの方の優良サイトを発見しました。

どう検索しても出てこない飛行場情報が、その飛行場の別名を知ったことにより、

一気に解明が進むことが時々あります。

ほんの一例に過ぎませんが、こんな感じでポロポロ見つかります。

やっと遥か先にゴールが見えてきたと思ったら、そのゴールがちょっとずつ遠ざかって行く様な感じです ^^;

「アキレスと亀」みたいな。   =(ノ><)ノマテ‐!             ((((((・∀・)

それでも以前のように数十個単位で新たな飛行場を発見。ということはなくなりました。

あと二年間で完了の予定です。

ということで、来年も相変わらずマイナーな飛行場が記事の中心になると思いますが、どうぞ宜しくお願い致します m(_ _)m

とり。


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みちのく北方漁船博物館 [├場所]

  2011年9月 訪問 

2015/4/18追記:当館は2014/3/18閉館し、展示していたYS-11は解体処分になってしまったようです

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青森駅の北西約1kmにある「みちのく北方漁船博物館」。

屋外にワイエスが展示されていて、道路から普通に見ることができます。
2015/4/18追記:ストリートビューで確認したところ、現在ワイエスは四方を高い塀で囲われており、垂直尾翼が顔を出すようになってます 

 

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フェンスでぐるっと囲われており、機体にさすさすすることはできないのですが、特別公開日が設けてあり、限定公開になっています。

 

みちのく北方漁船博物館:map 


      青森県・みちのく北方漁船博物館      

みちのく北方漁船博物館 データ【閉館中】

開館時間:3/25~11/30
運用時間:9:00~16:30
料 金:大人350円
所在地:青森県青森市沖館二丁目2-1
座 標:N40°50′15″E140°43′28″
*座標はグーグルアースにて算出

関連サイト:
ブログ内関連記事       


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青森(油川)飛行場跡地 [├空港]

  2011年9月、2016年7月 訪問 

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1948年5月当時の写真(USA M1011 51) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


2016/10/1追記:記事修正しました。

青森駅からほんの数キロ、陸奥湾に面した所に、「青森(油川)飛行場」がありました。

現在は学校、団地、住宅密集地になっています。

昭和初期に東北地方を襲った大凶作に対し、政府による農民救済土木事業の一環として建設された飛行場です。

そして東京(羽田)-札幌間の定期航空路が開設され、青森飛行場はその中継地となりました。

当時国鉄で最速13時間だった東京-青森間を僅か4時間で結んだのだそうです。

その後陸軍に接収されて拡張し、上図のような形になりました。

中学校通りは以前まで「飛行場通り」とも呼ばれていたのだそうです。

2014/9/14追記:アギラさんから情報頂きました。「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、青森縣立商業學校滑空部が当飛行場を使用していたという記録が残されています。アギラさん情報ありがとうございましたm(_ _)m  

「飛行場道路」がドコなのか、長いこと不明だったのですが、金さんから「踏切に記されている」と情報頂きました。

金さん情報ありがとうございましたm(_ _)m

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DSC_0027.jpg

看板で隠れている部分が見たかった。。。(涙)

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踏切に背を向けて飛行場方向。

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飛行場南端から飛行場方向。


      青森県・青森(油川)飛行場跡地     
飛行場の巨大格納庫がJAの倉庫として使用されていましたが、2004年解体されてしまいました。飛行場当時を偲ぶ唯一の建物として燃料庫が個人宅に現存するそうです

青森(油川)飛行場 データ
設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:青森県‎青森市‎羽白‎沢田‎
滑走路:1,500mx300m転圧
座 標:N40°51′19″E140°40′57″
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1932年09月 3候補地から油川町に民間飛行場建設決定
     10月 着工
     11月 起工式
1933年03月 竣工。滑走帯:780mx700m芝
     06月 竣工式。その後陸軍機等により使用される
1937年04月 大日本航空輸送により、東京-仙台-青森-札幌間定期便開設
1940年07月 仏印進駐後、航空機ひっ迫のため停止命令。定期便廃止
          大日本飛行協会青森支部の青森県第一滑空訓練場として使用されるようになる
     10月 この頃青森縣立商業學校滑空部が滑空訓練に使用
1941年08月 陸軍転用工事開始
1945年07月 空襲
     08月 空襲。機能喪失
     09月 残存航空機による主要都市間の連絡飛行の許可(9/14~10/10)。米軍接収
1947年    引揚者の入植地となる

関連サイト:
旧青森飛行場の歴史と現存する遺構(当飛行場についての非常に詳しいサイトです)   
青森県の戦争遺構(巨大格納庫)  
ブログ内関連記事       


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樺山飛行場跡地 [├空港]

  2011年9月 訪問 
 

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前記事の「大湊航空基地」の北東約13.5kmにある「海上自衛隊樺山送信所」。

ここはかつて大湊海軍航空隊が戦争末期に建設した「樺山飛行場」でした。

警備犬在住。

 

D20_0038.jpg

滑走路の舗装面が現存しているそうですが、ご覧の通りで通信塔が林立しており、

現状では飛行機の離着陸には使用できません。

 

樺山飛行場:map   


      青森県・樺山飛行場跡地      

樺山飛行場 データ

設置管理者:旧海軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:青森県‎むつ市‎田名部‎北椛山‎
座 標:N41°19′52″E141°13′43″
滑走路:1,500m×200m 「日本海軍航空史」より
磁方位:12/30
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1944年 9月頃 緊急造成開始
       活用の機会がないまま終戦
       戦後は海上自衛隊樺山送信所となる

関連サイト:
Wiki/大湊海軍航空隊   
国土地理院 1948年5月当時の写真(USA R1403 11) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)      
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大湊航空基地 [├空港]

   2011年9月訪問 2018/12/30更新  

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青森県下北半島の陸奥湾に面した「大湊航空基地」。

防衛研究所収蔵資料:5航空関係-航空基地-77 終戦時に於ける海軍飛行場一覧表 昭35.6.29調

には、「大湊空開隊(S8.11.1)陸 水?」とありました。 

RJSOという4レターコードを持った飛行場です。

 

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正門前に展示機が並んでいました。

当基地は大戦中旧海軍の「大湊海軍航空隊」で、二本の滑走路と複数の水上機用スリップを備えていました。

グーグルマップで見ると、当時の滑走路の形跡が確認でき、現在その一部を活用していることが分かります。

 

D20_0032.jpg

基地南西側から。この方向に滑走路があるはずなのですが…。 

 

大湊航空基地:map   


      青森県・大湊航空基地      

大湊航空基地 データ

設置管理者:旧海軍→防衛省/海上自衛隊
4レター:RJSO
空港種別:陸上飛行場
所在地:青森県‎むつ市‎城ヶ沢‎薪取道
座 標:N41°14′04″E141°08′00″
滑走路:
 終戦時:1,200mx80m(アスファルト)、800mx80m(アスファルト)
 水上基地用滑走台:200mx30m,60mx30m,50mx10m 「日本海軍航空史」より 
 現在:600m×45m
 磁方位:04/22
(座標はグーグルアースから)

沿革
1933年11月 1日大湊空開隊
       戦後海上自衛隊基地に

関連サイト:
Wiki/大湊航空基地   
国土地理院 1948年11月当時の写真(USA-R2126-15) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)     
ブログ内関連記事       

この記事の資料:
防衛研究所収蔵資料:5航空関係-航空基地-77 終戦時に於ける海軍飛行場一覧表 昭35.6.29調


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東北旅行・2 [■旅行記]

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3:50 起床

4:15 青森県「道の駅よこはま」出発  

本日は青森県内の飛行場、跡地、三沢航空博物館見学。

 

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青森県内には見学したい箇所が10ヵ所あったのですが、無事全部明るいうちに回ることができました。

次の見学したい場所は岩手県盛岡市の近くにあるので、今日のうちにその手前の道の駅まで移動しておくことに。

この時期撮影ができるのはせいぜい17時過ぎまで。

今日のうちに移動するにしても随分と時間が余ってしまいます。

4号線で南下開始。

結局今回の旅行では、初日に自宅から秋田まで一気に高速を使いましたが、青森から自宅まではずっと下道で戻ってきました。

最終日まで4号線には本当にお世話になりました。

移動中大きなドラッグストアがあったので、ハミガキを買うことに。

旅行用の携帯ハミガキセット用の小さいハミガキがなくなってしまったのです。

店内で小さいサイズを探したのですが、小さいのは子供用の「ぐれーぷあじ」とか「すとろべりーあじ」とかしかありません。

こちとら江戸っ子なんでぃ(嘘)! そんなスイーツハミガキなんか使ってられっかぃ!

仕方ないので普通サイズを購入。

日没の時間だったので、ドラッグストアの駐車場で夕日撮影してみたのですが、

アップするようなものは撮れませんでした。_| ̄|○ il||li ガックシ

道の反対側に地元の作物を販売する大きな施設があり、覗いてみたら食堂も併設してました。

ここで豚丼の夕食。ボリュームがあって美味しかったです。

近くにお風呂もあったので入ることに。

風呂から出たら18:30。

他にすることもないので再び移動開始。

 

今週は「秋の全国交通安全運動」期間中で、旅行中そこここで啓蒙活動、ネズミ取りを見ました。

捕まっている人もちらほらと。

しばらく制限速度をきちんと守る車についてずーっと走っていたのですが、

後ろから一台の車がピッタリ貼りついて来てプレッシャーだったので、ウインカーを出して先に行ってもらうことに。

ずっと後ろから煽っててオイラの車の前に躍り出た車は、なんとパトカーでした。ア、アレ?

赤色灯点けてなかったので前を走ってた時は全く気が付きませんでした。

オイラの前に出たパトカーは、そのまた前の車にピッタリ貼りついてずーっと走行が続くのでした。

 

20:40 岩手県・道の駅「にしね」到着。

21:00 寝。

おやすみなさい。

 

本日の走行距離:442km


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ハイランド滑空場跡地 [├場所]

  2011年9月 訪問 

秋田県能代空港の西約2.6kmにあった「ハイランド滑空場」。

周辺をぐるぐる回ったのですが、造成工事中のようで残念ながら近づくことができませんでした。

個人の滑空場のようで、関連サイト、グーグルマップではまだ滑走路の舗装面が残っています。

こういうの大好物で非常に楽しみだったのですが。。。

せめて下記関連リンクを貼らせていただきましたので、興味のある方はご覧くださいませ。

2014/2/23追記:翌年再訪問し、滑走路面見ることが出来ました(下記リンク参照)

 

D20_0019.jpg

写真がまったくないのもアレなので、附近のススキを… ^^;

 

ハイランド滑空場:map   


      秋田県・ハイランド滑空場跡地      

ハイランド滑空場 データ

空港種別:場外離着陸場
所在地:秋田県‎北秋田市‎坊沢‎根小屋沢‎
座 標:N40°11′36″E140°19′43″
滑走路:320m?
磁方位:15/33
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

関連サイト:
国土地理院 1990年8月当時の写真(TO904Y-C3-9)   
ブログ内関連記事(再訪問記事)    


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能代(東雲)飛行場跡地 [├空港]

   2011年9月訪問 2019/1/27更新  


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撮影年月日1948/05/16(USA M1020 82) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

 

秋田県‎能代市にあった旧陸軍の「能代(東雲)飛行場」。

現在はすっかり田畑、学校等に姿を変えています。 

「防衛研究所収蔵資料:陸軍航空基地資料 第1本州、九州 昭19.1 水路部」の中に当飛行場の頁がありました。

以下引用させて頂きます。

能代陸軍飛行場
秋田県能代市大字竹生
40°13′5N 140°3′5E

面積 東西1,500米、北東-南西1,100米 北西-南東1,200米
地面の状況 平坦且堅硬にして植芝密生す
目標 米代川、能代市
障碍物 (記載無し)
離着陸特殊操縦法 (記載無し)
格納設備 格納庫(50x50米)1、(40x450米)4棟あり
照明設備 (記載無し)
通信設備 (記載無し)
観測設備 (記載無し)
給油設備 場内にて補給し得
修理設備 応急修理可能
宿泊設備 学生舎あるも能代市内の旅館を利用するを可とす
地方風 夏季は南東風、冬季は北西風多し 冬季3乃至4日間に亘り強烈なる暴風あり
地方特殊の気象 冬季積雪平均68糎に達し飛行不可能なり
交通関係 能代駅(奥羽本線)南西方約3.5粁
其の他 (記載無し)
(昭和18年4月調)
 

先頭のグーグルマップは、この資料の図から作図しました。

上に貼った1948年の航空写真の地割を頼りに線を引いたんですが、ハッキリしない部分が多々あるため、

おおよそこんな。ということでご了承くださいませ。

当時は滑走路南側の県立能代西高の辺りに兵舎等があったのだそうです。

 

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「五能線・飛行場踏切」(青マーカー)

かつてここに飛行場があった頃の名残です。

当時は貨車がここに停車して爆薬を運んだのだそうです。

 

D20_0013.jpg

赤マーカー地点。

平坦でどこまでも広々。いかにも飛行場っぽい感じです。

1947年、1948年の航空写真でよく目立っている東西に伸びる地割と完全に一致している道路。

地元資料等によりますと、恐らくこの辺りが滑走路だったと思うのですが。。。


      秋田県・能代(東雲)飛行場跡地     
近隣の延命寺境内に「東雲飛行場慰霊碑」が建立しているそうです

能代(東雲)飛行場 データ
設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:秋田県‎能代市‎真壁地‎トトメキ沢
座 標:40°13′5N 140°3′5E

沿革
1920年09月 26日 東雲原で飛行機を組み立て、飛ぶところを一般に公開。佐藤章氏飛来
1921年10月 7日 アート・スミス、宙返りを公開
1927年05月 東雲村、村有地3,000haを無償で献納する陳情書を陸軍大臣に提出するも不採択
1937年05月 陸軍所沢飛行場が10日間の飛行場適地調査を行い、飛行場として整備することに
1940年12月 浜松飛行場分校設置
       末期には特攻隊の訓練実施
1945年08月 9日 米空母から爆撃機16機が発進。当飛行場の戦闘機が目標だったが上空悪天候のため場所特定できず、
       急遽目標を岩手県内の二ヵ所に変更
       戦後、飛行場は開拓地に、兵舎は農業高校として使用

関連サイト:
ブログ内関連記事    

この記事の資料:
「資料・能代飛行場」
防衛研究所収蔵資料:陸軍航空基地資料 第1本州、九州 昭19.1 水路部


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稲沢場外MLP専用飛行場 [├空港]

  2011年9月 訪問 

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秋田県大仙市にある「稲沢場外MLP専用飛行場」。秋田空港の東約16kmにあります。

国道46号沿いにこんな看板がありました。

 

D20_0004.jpg

広々とした飛行場。お邪魔した時は無人でした。

 

稲沢場外MLP専用飛行場:map  


      秋田県・稲沢場外MLP専用飛行場      

稲沢場外MLP専用飛行場 データ

設置管理者:秋田フライングクラブ?
空港種別:場外離着陸場
所在地:秋田県‎大仙市‎協和稲沢‎
座 標:N39°36′57″E140°24′34″
滑走路:240m?
磁方位:16/34
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

関連サイト:
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