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板妻飛行場跡地 [├空港]

   2010年11月訪問 2019/2/19更新  

無題8.png
国土地理院 1947年9月当時の写真(USA M476 96) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


富士山東側の麓にある静岡県御殿場市板妻。

かつてここに「板妻飛行場」がありました。

防衛研究所収蔵資料「航空路資料第4 中部地方飛行場及不時着陸場 昭和19.6 水路部」の中に、

当飛行場の地図があり、上のグーグルマップはそこから作図しました。

実は同地図では、飛行場敷地はもっと南北方向に幅広に描かれているのですが、

航空写真の地割を優先しました(赤矢印)。

また同地図ではマップ青マーカーのところに「格納庫」が描かれています。

航空写真でも同じような位置に黒い点のようなものが映っており(黄色矢印)、これかもしれません。

同資料の情報を一部引用させて頂きます。

板妻着陸場(昭和17年10月調べ)
管理者 富士裾野陸軍演習場主管
位置 静岡県駿東郡原里村大字板妻
(御殿場町ノ西方約5粁、35°17′3N、138°52′8E)
種別 不時着陸場
本場ハ富士裾野陸軍演習場の一部を着陸場とする目的を以て整地工事を施せる
ものにして従前飛行演習等に際しては専ら小型機の飛行基地として使用しあり
しも昭和10年以後は単なる不時着陸場として維持し居れり。目下静岡県下中
等学校に開放し滑空機の練習場として主用せられつつあり。
着陸場の情況
高さ 平均水面上約560米
広さ及形状 着陸時要は長さ北西-南東550米、幅180米及北西-南西400米、幅300米の両滑走地区が互に直交する略丁字形地なり。
着陸地域は西側格納庫の全面に於いて北東-南西400米、幅100米の地区を最適とす(付図参照)。
地表の土質 砂礫を混ずる尋常土。
地面の情況 起伏なき平坦地なるも北西より南東に向け4/100の下り片勾配を成す
一般に北西部は地盤高く且平坦なるも南東部は凸凹せる箇所あり。地表は概ね堅硬にして殆ど一面に良好なる芝発生す、但し南東部は流土の為発生不十分なり。排水は自然排水にして北西部は概ね良好なるも南東部は極めて不良にして降雨後水溜を生ず。豪雨の際は地面傾斜せる為土壌を洗い去り且諸處に條溝又は凹窪を生ずることありと言う。
場内の障碍物 南西隅に高さ7米の格納庫1棟、南東部に凸凹せる箇所あり。
適当なる離着陸方向 着陸は北東より南西に、離陸は北西より南東に向け行うを可とす。
離着陸上注意すべき點 北西より着陸の際は北方の杉林(高さ10米)と北東方に在る警戒標識柱との中間より進入するを可とす。滑走距離狭小なるを以て定着後直に「スイッチ」を断とし「ブレーキ」を使用するを要す。
施設 格納庫(間口18米、奥行23米、高さ7米)1あり、大型1機、練習機3機収容し得。


当飛行場についてネットでは、学生の滑空訓練に使用した様子ばかり出ていたので、

なんとなく牧歌的なイメージだったんですが、

なんとここは富士裾野陸軍演習場の一部であり、演習場主管が管理者だったんですね。

運用面についても、演習時の飛行基地として使用していたものが、昭和10年以降は単なる不時着陸場となり、

学生の滑空訓練が主用とあります。

地元の図書館で御殿場市史を調べたのですが、

ハッキリ「板妻飛行場」について記している箇所を見つけることができませんでした。

唯一近い記述が、「1916年(大正5年)、所沢航空隊が高塚付近に飛行場を設け、約一週間航空演習をする」

というものでした。

こおろぎさん、ばかちんさんから教えて頂いたんですが、当飛行場からほんの2km先に現在も演習場があり、

この演習場に「高塚」という地名があり、当飛行場も「高塚」です。

当飛行場がいつ開設したのかは不明なんですが、市史の記述はことはじめが記述されるケースが多いこともあり、

もしかしたら御殿場市史に出てくるこの記述は、当飛行場を開設した時のことなのかもしれません(憶測ですけど)。

そう仮定して、明らかになっている部分を繫げると、

1916年(大正5年)、演習場内に飛行場を設け、約一週間航空演習を実施。

この後も演習時に小型機の基地として使用していたが、1935年(昭和10年)以降は不時着陸場となり、

学生の滑空訓練の使用が主となった。

となります。

Wikiによりますと、この演習場は明治時代に設けられたので、辻褄は一応合ってます。

また、板妻庁舎(現・板妻駐屯地)も明治時代に開設しているんですが、位置関係としては、

現演習場-板妻飛行場-板妻駐屯地 となり、飛行場がはさまれています。

ばかちんさんからいただいたコメントによりますと、

30年位前は滑走路の跡などありましたが、整備により道路になったのだそうです。

見たかったー!

D20_0067.jpg


      静岡県・板妻飛行場跡地     
板妻飛行場について触れたサイトでは、当飛行場で中等学校によるグライダー訓練が昭和13年夏から始まったことが記されていました。当時の飛行場は広々とした草原が広がっていたのだそうです

板妻飛行場 データ
設置管理者:富士裾野陸軍演習場主管
空港種別:不時着場
所在地:静岡県駿東郡原里村大字板妻(現・御殿場市‎板妻‎)
標 点:N35°17′3″E138°52′8″
標 高:560m
着陸帯: 550mx180m  400mx300m

沿革
1916年 所沢航空隊が高塚付近に飛行場を設け、約一週間航空演習を実施
1935年 この年以降不時着陸場となり、学生の滑空訓練の使用が主となる
1938年  中等学校によるグライダー訓練始まる

この記事の資料:
防衛研究所収蔵「水路部 航空路資料第4 昭和19年6月刊行 中部地方飛行場及不時着陸場」


コメント(13)  トラックバック(0) 

コメント 13

an-kazu

傾斜地のイメージが強いですが、
飛行場もあったのですねφ(..)メモメモ
by an-kazu (2011-02-13 09:29) 

yatoho

こんにちは

地元の図書館まで出向き資料を閲覧するなんて
裏で大変な労力を費やされているのですね。
飛行場後まで日本各地に赴くだけでも大変なのに・・・・・・・
とりさんて凄いです。
by yatoho (2011-02-13 12:38) 

sak

A地点の様子の写真
一瞬格納庫...って思っちゃいました(^^;
by sak (2011-02-13 21:16) 

コスト

>空港種別:不時着場
そんな種別があるんですね^^

A地点の写真は僕も一瞬格納庫の残骸って思いました。
写真の中の鳥がなんとなくいいですね。
一番左の鳥が、一瞬PCのモニターについたゴミかと思って、手で触って確認してしまいましたw
by コスト (2011-02-13 22:30) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■an-kazuさん
確かにそんなイメージですよね。
この周辺も傾斜地になっている箇所が多いのですが、
上手に使っていたのだと思いました。

■yatohoさん こんにちは。
ただのモノズキですから~^^;

■sakさん
確かにそんな風にも見えますね。
鶏はいませんでした。

■コストさん
>種別
現代の空港なら国交省がきちんと定めた公式の種別があるのですが、
当時の種別はオイラが勝手につけたものでいい加減です^^;
>写真の中の鳥
「鳥がゴミのようだ!」ですね。わかります。
by とり (2011-02-14 06:49) 

鹿児島のこういち

滑空士と操縦士との違いって何でしょう?
旧制中学校で滑空の教科があった事自体知らなかったですが、ゴムを使って弾き出す(^O^)パチンコみたい(^O^)今の紙飛行機大会を想像しちゃいましたo(^-^)o
皇紀二千六百年、零戦が正式採用された年に一級滑空士による記念飛行、それを羨望の眼差しで見つめる中学生部員達。いずれ彼等も操縦士となり出撃する事になったのでしょうか。。。
戦後の米軍によるグライダーの解体命令、グライダーすら恐かったのでしょうか?部員達は悔しかったでしょうね。
by 鹿児島のこういち (2011-02-14 09:06) 

とり

■鹿児島のこういちさん
>滑空士と操縦士
滑空士はそのままグライダー操縦資格者のことです。
グライダーで訓練を積んで操縦士に、という流れは結構あったようですので、
根絶したかったんでしょうね~。
ビビり過ぎな気がしますが。。。
by とり (2011-02-16 04:15) 

こおろぎ

東富士演習場内に高塚という地名があります。ひょっとしたら所沢航空隊は演習場内で訓練したのかもしれませんね(*^_^*)
by こおろぎ (2013-07-26 23:24) 

とり

■こおろぎさん 
こちらも情報ありがとうございますm(_ _)m
調べたら、所沢航空隊が使用した時にはもうとっくにここは陸軍の演習地になっていたのですね。
同じ陸軍同士ですし、演習場内で訓練した可能性高いですね。
このところいろいろな情報を教えて頂いて、本当に感謝です。
by とり (2013-07-27 06:12) 

ばかちん

板妻の旧飛行場は高塚です。地元では、馬場もあったので高塚馬場とも呼ばれたりしています。30年位前は滑走路の跡などありましたが、整備により道路になりました。
by ばかちん (2019-02-16 18:01) 

とり

■ばかちんさん
貴重な情報をありがとうございました。
後日記事に反映させていただきますm(_ _)m
by とり (2019-02-18 06:08) 

ばかちん

追伸。
トヨ紡側から太平洋クラブに向かって進んで行くと、十字路手前に小さなコンクリ製の観測小屋と吹流しを挙げたポールもありました。養鶏場へ行く道も、もっと広かったですが、道路整備舗装する時に撤去されたり、区画分けされメロン栽培のハウスが立ったりしましたよ。
by ばかちん (2019-03-01 14:45) 

とり

■ばかちんさん
またまた貴重なお話をありがとうございました。
>観測小屋と吹流し
地図で確認してみたんですが、ご説明の「十字路」というのは、
国道469号線と、富士さんエコパーク焼却センター前の通りの
交差部のことでしょうか?
ご教授いただければ幸いです。
by とり (2019-03-02 03:52) 

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