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長野原防空監視哨跡 [├場所]

  2010年7月 訪問 

D20_0012.jpg

群馬県北西部にある吾妻郡長野原町。ここに防空監視哨跡が残っています。 

上の写真は、国道145号バイパスから少し入った所に立っていた標識。

標識に従ってなだらかな丘を少し登って行きます。

監視哨跡に通じる細道の左右には畑が広がっていて、作業している年配の方に許可をもらって進みました。

 

D20_0011.jpg

到着。屋根がかかってますね。

「聴音壕への立ち入り ご遠慮下さい」と書かれてました。

 

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D20_0009.jpg

 

 

長野原防空監視哨跡


      群馬県・長野原防空監視哨跡      

長野原防空監視哨 データ

所在地:群馬県‎吾妻郡‎長野原町‎大津‎上馬込
座 標:N36°33′08″E138°37′19″
*座標はグーグルアースにて算出


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コメント 15

雅

こういうの、実際の戦時中にはどの程度役に立ったんでしょうね?
竹槍部隊に近いような気がするんですが。
by (2011-04-11 21:35) 

an-kazu

よく残っていましたねぇ!
by an-kazu (2011-04-11 22:17) 

tooshiba

六十有余年前、この中で任務についていた若者の胸中はいかばかりだったでしょうか。
「絶対負けるよなあ」とか言い合っていた、かもしれませんし、そうでないかもしれませんよね。

いつかは朽ち果ててしまうものかもしれませんが(屋根がついたことで、町として保存する意思はあるように感じられます)、兄さんによって記録されたことで、電子的に保存されましたね。
by tooshiba (2011-04-11 23:01) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■雅さん
B-29の総生産数は3,900機で、そのうち対日戦で450機を損失しており、
このうち100機以上は日本軍による撃墜だと言われています。
迎撃機が高空に上がるためにはかなりの時間を要しますから、監視業務は重要です。
また、監視所から軍、警察への直通電話が設けられており、これが空襲警報発令の情報源にもなりました。
最新兵器に対抗するのが人間の目と耳というのが、彼我の差のような気もしますけども。。。

■an-kazuさん
本当ですね~。
せっかくここまで残ったのですから、このまま残っていて欲しいです。

■tooshibaさん
>「絶対負けるよなあ」
手記を拝見すると、「こんな内陸まで敵機が入ってくるようでは日本はお終いだ」
という記述が残っていました。
by とり (2011-04-12 06:47) 

鹿児島のこういち

戦後65年を過ぎ去り、遺産も劣化してきてるでしょうから、立入禁止はやむを得ないでしょう。事故は恐いですし。
関連サイトも覗きました。当時の屋根は、円錐屋根だったんですね。南方の防空監視哨みたいです(^O^)
> 小林は言う。
 「監視哨は戦争の“置き土産”。当時を知る人がいなくなっても、無言のまま戦争を伝え続けるでしょう」(敬称略)

自分は、歴史は生きてる間に実際に目にし、耳に聞いた事が自分、そしてその時代の歴史だと思っています。学校や周りから知る歴史は、半分信じ、半分信じないようにしています。
小林さんが生きて、話しを伝えてくれてるうちは、その時代の正しい歴史がそのまま伝わると信じますが、その事をしっかりと文章に残していく必要があると思います。
歴史は、その時、その時の人々の都合の良いように少しづつねじ曲げられたりします。
政治や思想が入り込む余地のない歴史書が作る事ができれば、それが1番なのでしょうが、難しすぎます。
そうなれば、小林さんがいなくなっても、「当時を知る人がいなくなっても、無言のまま戦争を伝えていける」と思います。
by 鹿児島のこういち (2011-04-12 10:06) 

Takashi

県内に40箇所。たくさん作られていたんですね。
何度も書いてますが、こういったものは大切に保存してほしいですね。
by Takashi (2011-04-12 12:23) 

miffy

敵機の近づく音が聞こえて知らせてからでも避難する時間はあったのでしょうか?
音で種類を見分けるのってスゴイ技ですよね。
by miffy (2011-04-12 16:52) 

ジョルノ飛曹長

ここはラピュタ感がいっぱいですね。
興奮してきます。今度行ってみようかな。(^◇^)
by ジョルノ飛曹長 (2011-04-12 20:48) 

koume

すごいっ!!
こんなにしっかりした形で残されてるんですね。
by koume (2011-04-12 22:25) 

セバスちゃん

こんなの初めて知りましたよ。
15〜16才ですか、そうなんですよね。
歳を重ねるにつれて高周波が聞こえなくなるんですよね。
変な所で感心してしまいました僕なのです。
by セバスちゃん (2011-04-12 22:30) 

とり

■鹿児島のこういちさん
>半分信じ、半分信じない
深いですね。今起こっている大震災という事象でさえ、
人、組織により言うことがバラバラで、自分が全体を正確に把握できているとはとても思えません。
自分が体験し、感じたことは自信を持って事実であると言えますが、それは全体の極僅かなものに過ぎません。
現在のことですらこうですから、戦時中のことはなおさらですよね。
こんな表面をなぞるようなブログ記事ですら、
資料を取捨選択し、ある部分はサッと扱い、ある部分は膨らませています。
極力客観的に、中立で。と思ってはいるのですが。。。

■Takashiさん
以前は本当にたくさんあったのですね。
仰る通り、せっかく残ったのですから大切にして欲しいです。

■miffyさん
確かにここで発見してから、それを地元に知らせても遅すぎですよね。
監視所は県をまたいでたくさん作られ、「どんなヒコーキが何機でどこからどこへ飛んで行った」
という情報が一ヵ所に集まるようになっていたみたいです。

■ジョルノ飛曹長さん
機会がありましたら是非^^

■koumeさん
本当によく残っていたものだと思いますよね~。

■セバスちゃんさん
>高周波が
そうか~。やっぱり若い方がいいんですね。
by とり (2011-04-13 06:32) 

OILMAN

こんにちは。
きれいに保存されているんですね。
そういえば私の町にも戦時中の遺構があったことを思い出しました。
今度見に行ってきます。
by OILMAN (2011-04-16 09:37) 

とり

■OILMANさん こんにちは。
おお、もし行きましたら、是非レポが見てみたいです。
by とり (2011-04-17 06:51) 

コスト

これはほんと保存状態いいですねー
普通、ゴミ捨てられたり、遊び場になって荒らされそうなもんですが。
けっこうな山奥なのに24時間監視やってたんですね。
>長野原町 一瞬、長野県だと勘違いしました^^
by コスト (2011-04-21 20:25) 

とり

■コストさん
>荒らされそう
確かにそうですよね。
「○○参上」とか落書きされたりしているの見ると悲しくなりますが、
ここは本当に保存状態良かったです。
>長野県
それはオイラも思いました。
地元の方にとっては当たり前のことなんでしょうが、
部外者のオイラにとっては紛らわしかったです。
by とり (2011-04-22 07:52) 

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