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豊成(東金)飛行場跡地 [├空港]

  2012年7月 訪問 

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千葉県‎東金市‎に「豊成(東金)飛行場」がありました。

跡地には公園が整備されておりその一角には

 

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碑があります。

裏側に碑文がありました。

本土防衛の跡を偲び 平和を祈る ふるさとの碑(全文)
 豊成飛行場は史上 東金飛行場といわれて昭和十九年三月大東亜戦争末期本土決戦の戦略によって急造された。青麦を刈り捨て、住家を移転し、墓地を掘り返して昼夜兼行、近隣住民を総動員して工を急いだが、未完成のまま十九年末には飛行第二十八戦隊が駐留してきた。総面積百七十ヘクタール、その八十四パーセントは肥沃な農地であった。以来戦況は日に増し悪化し、空襲は連日連夜に亘り、村役場の移転、小学校は取り毀して寺院神社に分散授業、戦火は鳴浜小学校や民家を焼き、遂に住民や兵員の犠牲者を出すに至った。かくて一回の戦果朗報を聞くことなく齢一歳にも満たずして二十年八月十五日終戦解体することとなった。今わが豊成飛行場の歴史も半世紀の歳月の底に沈んで語る人もなくなったが、この跡地に残された本土防衛の志想と平和を希望する愛郷の真情は魂魄となって強く生き続けていると思うわれら思いをここに致して、地域一体となって後世のために「平和を呼ぶふるさとの碑」を建設して遺すことに相成った。永遠に平和と繁盛の花咲き栄え給えと祈ってやまない 平成六年三月吉日 鈴木勝題字選文 豊成飛行場記念碑建設委員会

偵察用の飛行機や爆撃機迎撃用の飛行機が配備され、敗戦間際にはアメリカ軍艦への体当たり攻撃も試みられました。

また少し離れた場所に飛行場跡の礎石が現存しており、掩体壕を支えていたものと考えられているのだそうです。

 

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豊成(東金)飛行場跡地:map (画面中央の公園に碑があります) 


      千葉県・豊成(東金)飛行場跡地     
何度も空襲を受け、その都度飛行場から銃弾の薬莢がリヤカー二台分位ずつ出るほど激しい銃撃に見舞われたという手記が残っています

豊成(東金)飛行場 データ
設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:千葉県‎東金市‎下武射田‎
座 標:N35°34′20″E140°24′57″
面 積:170ha
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1944年 03月08日 数名の将校が前触れもなく役場を訪問。飛行場建設を通達
      19日 測量、その後本格工事
      05月10日 地鎮祭
      08月 ほぼ完成
      11月中旬  飛行場大隊の大隊長以下による視察、点検
      12月 飛行第二八戦隊双発百式三型機約20機配備
1945年 04月頃 隼約10機が飛来。特攻訓練開始
      05月上旬 特攻訓練終了し移動。

関連サイト:
国土地理院 1948年5月当時の写真(USA M1070 128) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック)
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